冬、到来。
誰のところに?
40000hit・Whose mufflers does he knit?
『一雨一度』という言葉がある。
これは『雨が一度降るごとに気温が1℃下がる』という意味で、つまりは秋から冬への移り変わりを示している。
朝は布団から出るのが辛くなり、夜は首をすぼめて家路を急ぐ季節になって。
セーターやコートを出す準備を始めるのもこの季節だ。
そして、当然のごとくマフラーも。
十二支高校野球部の面々たちの視線は、今ただ一点に集中していた。
部活も終わり、あとは帰るだけというところで、パイプ椅子に座り何か作業をしている彼に。
正確に言えば彼の手元に。
野球部雄軍メンバーの視線は集まっていた。
ふわふわとした淡い黄色の糸。
二本の棒。
器用に動く彼の指先。
それは優雅とも言える動作で何かを作り上げていた。
「ねーねー兄ちゃん。それなぁに?」
ついにシビレを切らしたらしい兎丸が首を傾げながらたずねた。
創作者、猿野天国へと向かって。
「あ? コレか?」
シルバーフレームの眼鏡を片手で直しながら天国が顔を上げる。
膝に置かれたふわふわの物体。
コクコクと頷く兎丸とじっとこちらを見ている他のメンバーたちに肩をすくめて。
「見てわかんねぇ?」
長く形のいい指先が示す先。
それはおそらく―――――――。
「マフラー?」
「・・・・・・ご名答」
ニッコリと天国が笑う。
それに思わず見とれてしまって。
黙って成り行きを見守っていた面々も我先にと寄ってくる。
「チェリオ君は編み物もできるんだね」
「スゴイっす、猿野君!」
「Oh! 何だこの細かさはYo!」
「本当やね。俺には無理っちゃ」
わらわらと寄ってくる輩に面倒くさそうに相槌を打ちながら、けれど満更ではなさそうに天国は笑う。
「これは普通の毛糸とは異なる也」
「ふわふわしてて気持ちがいいのだ」
ツンツンと突ついて、鹿目は目を細めて笑う。
その無防備な様子にさらに天国は微笑して。
「ファーヤーンって言うんスよ。普通の毛糸と違ってふわふわしてるから、出来上がりが豪華に見えるんです」
鞄から取り出した赤い色違いの毛玉を近くにいた司馬に手渡す。
軽い重みをもって手の平を転がるソレに司馬は小さく微笑んで。
「司馬クン僕も僕もー!」
隣で袖をひっぱる兎丸に回すと、小兎は楽しそうにそれにじゃれ出した。
「猿が編み物・・・・・・・・・」
「犬飼君、現実はちゃんと受け止めさない」
信じられないと目を見開く犬飼に辰羅川がチェックを入れて。
失礼な呟きに天国が眉を顰める。
「俺は元々器用なんだよ。編み物の基本のメリヤス編みからワッフル編みに透かし編み、何でもできるんだからな」
「こッの編み方は何だ?」
「これはメリヤス編みですよ、獅子川先輩。長さを短くしてプチマフラーにすると可愛いんですよね」
ピタッとその場の空気が止まる。
可愛い・・・・・・・・・?
可愛い
可愛いマフラー
猿野天国お手製の可愛いマフラー
それは一体
「「「「「「「「「「「誰ッ!?」」」」」」」」」」」
「は?」
「「「「「「「「「「「だから誰に!??」」」」」」」」」」」
一字一句、みんながみんな揃いも揃って。(司馬は口をパクパクと動かしていただけだけれど)
ここまで息の合うチームもないんじゃないだろうか。
天国は頭の片隅でそんなことを考えた。
必死の形相で詰め寄ってくる部員たちを前に。
ゆっくりと
ニッコリと微笑んで。
「さぁ、誰にでしょうねぇ?」
火蓋は切って落とされた。
「淡い黄色! それはすなわち僕の髪の色と同じ! だからあれは僕の為さ!」
「何ッを言ってんだ牛尾! あの燃えるように赤い毛糸で猿野はこッれから俺のためにマフラーを編むんだよ!」
「キャプテンも獅子川先輩もまだまだ甘いZe。黄色も赤もどっちも似合う俺のためですYo!」
「そ、そんなの判らないっす!虎鉄先輩!」
「私も子津君に賛成ですね。似合う似合わないは個人の主観によるものですから」
「じゃあいつもマフラーをしている僕のためなのだ!」
「鹿目センパイずるーいッ! じゃあいつも毛糸の帽子を被っている僕のためだもん!」
「黄色と赤は食欲を増進させる効果があるたい。俺のためっちゃね」
「猪里・・・・・・。今の発言は強引過ぎる也」
「・・・・・・・・・・・・・・・とりあえず、俺のためだ」
「・・・・・・・・・」(俺のためだよ、犬飼、というジェスチャー)
全員が発言し終わったところで、第二次大戦勃発。
暗黒武闘会を目の前にしながらも天国はなんら変わりのない様子でさくさくとマフラーを編んでいく。
通常のより短いそれは天国の手際のよさをもってすれば何の問題もなく完成し。
それを見て満足そうに笑みを漏らす。
そして開かれた部室の扉。
「天国ー・・・・・・って」
「あぁもみじ。丁度いいタイミングだな」
編み棒を鞄にしまって天国が立ち上がる。
しかしもみじの視線は部室内なのに何故か聞こえる拳銃の音やマシンガンの連射音、赤く飛び散る液体と切り裂くような声に釘付けになっていて。
「な・・・何なんだ、アレ・・・・・・」
目の前で繰り広げられる光景に呆然としながら。
「あぁ、誰が一番マフラーの似合う男かって争ってるんだろ」
「? マフラーって・・・?」
不思議そうなもみじの頭を軽く叩いて天国が出口を促す。
「ほら、さっさと帰ろうぜ。檜も待ってんだろ」
「あ、あぁ」
スタスタと出て行く天国を追いかけるように足を進めて。
明日の部活のときまでに全員相打ちになってるかも、なんて思いながらもみじはそっと部室の扉を閉めたのだった。
夜の訪れも早くなり星の光る空の下、帰り道の途中
「これ・・・・・・」
突然渡された剥き出しのプレゼントに檜は目を丸くした。
そしてそれは隣のもみじも同じ。
天国はそんな二人に柔らかく笑う。
「これから寒くなるからな。俺の手作りなんかで悪いけど」
穏やかな笑顔に見ほれたまま首を振って。
「ううん。・・・手作りで嬉しい・・・・・・ありがと、天国」
「お、俺もッ! あ、ありがとな!」
真っ赤に頬を染めて礼を言う二人に天国は優しく笑う。
その笑みは野球部の面々の前では決して見せるものではなくて。
そしてそっと手を伸ばした。
淡い黄色のマフラーを檜に。
燃えるように赤いマフラーをもみじに。
丁寧にそっと巻きつけて。
「・・・・・・考えてた通り。やっぱ似合うな」
ゆるやかに笑うものだからより一層二人は真っ赤になってしまって。
けれど嬉しそうに笑うから。
天国も同じように微笑んだ。
翌日からふわふわで触り心地のよい可愛いマフラーは野球部内で二つ、見かけられることとなる。
しかし戦いに疲れ果てた男たちがそれを発見できるわけもなく。
檜ともみじはそのマフラーをするたびに頬を赤く染めて微笑んで。
天国は満足そうに笑うのだった。
<余談>
「やっぱ天国にはオレンジだよな?」
「そうかも・・・。黄色と赤を混ぜたらオレンジになるし・・・・・・」
「じゃ、毛糸はこれでいいか。次は編み棒だな」
「・・・・・・『号』って・・・何・・・?」
「・・・・・・・・・何だろうな・・・?」
「もみじ・・・・・・そこ、歪んでる・・・」
「〜〜〜〜〜わかってるッ! ちくしょー!!」(五段ほどいてやり直し)
「・・・・・・・・・ここ・・・どうやるの・・・?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」(二人して本を覗くが疑問は解決されず)
「あーもう! 何だよコレ! 何でこんなに難しいんだよッ!!」
「『一番簡単なマフラーの編み方』・・・・・・・・・」(本の題名を恨めしそうに見つめる)
「・・・・・・夜摩狐先輩って編み物得意だったよなー・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・さ、続きやるか」
「うん」
編んではほどいて編んではほどいて
繰り返してばかりのマフラーは一向に長くならないけれど
クリスマス直前にそれをもらった天国は実に嬉しそうに笑うのだった。
2002年10月25日