袖触り合うも多生の縁





身体が、支えられない。
自らの意志とは逆に足が力を失う。
視界が暗い。何も見えない。
ここは、どこ。
がむしゃらに延ばした手が壁らしきものにぶつかって。
肩から崩れ落ちた瞬間、擦れた指先が熱かった。



心臓が痛い。苦しい。痛い。痛い。痛い。
どうして。なんで。薬。はやく。
動かない。手。足。頭が、動かない。
どこ、ここ。誰か。
来て。来ないで。



きて。



・・・・・・助けて。



何かが、何かが違うとは感じていた。
視界の暗さに拍車をかける路地裏の埃。
ビルで遮られている空は何処にあるのか。
判らない。判らない。
心臓から全身に広がっていく激しい痛みと、咽を通る度に音を立てる呼吸。
何もかもが遠い。
何故だか判らない。だけど、一つだけ判る。



自分は、ここで死ぬのだ。



あと何分後だろう。いつ発見されるだろう。
判らないことだらけの中で、それでも迫ってくる気配だけが明確だった。
死の足音。
すべての終焉。
短い人生だったな、などと考えて、は思い返した。
いや、思っていたよりも長い人生だった。
いい、人生だった。



この手がもし後少しだけ動いてもいいというのなら。
それならどうか神様。少しだけでいいんです。
ポンコツの心臓がその動きを止めるまで。
今まで頑張ってきてくれた心臓が、やっと仕事を終えるまで。
それまででいいから、だからどうか。
一人じゃないと、確認させて。



ボォッと白い光がの霞む視界に浮かぶ。
人工的な光。ディスプレィにはちゃんと名前が映っているのだろうか。
ああ、でも見える。映っているのが見えるよ。
アイツの髪と同じ金色の光が、網膜へ鮮やかに伝わるから。
繋がっていると思うよ。



ありがとう。幸せだった。出会えてすごく嬉しかった。
言いたいことが沢山あって、もう本当に言葉に出来ない。
感謝してもし足りない。伝えたいのに伝える方法が判らない。
どうしたらこの想いが君に届くの。
溢れんばかりの感謝を君に。
この世のすべての幸せを君に。
家族とはまた違ったところで、君のことを愛しているから。
だから今まで、幸せだったよ。
お別れの言葉も言えなくて、ゴメン。



もう開いているのかも判らない瞼を閉じようと思った。
これですべてが終わる。苦しみから開放される。
そうすることが正しいのかなんて判らないけど、でもその誘惑に逆らえない。
死が、呼んでいる。
甘い蜜を放って笑う、奇麗な花のように。
やっと、楽になれる。そう、思ったのに。



金色のディスプレィが、まるで「行くな」というように輝き出すから。



指先はすでに冷たい。心臓が本当に動きを止めようとしている。
それなのに引き止めるのか。まだ、いってはいけないと言うのか。
苦しめと、君は言うのか。
苦しんで、それでも生きろと。
苦しんで、苦しんで、苦しんで。



見えない視界で、鈍くなっていく感覚だけを頼りにボタンを押した。
ちゃんと通話ボタンが押せただろうか。君とちゃんと繋がれただろうか。
あぁ、神様。一人で死んでいかなくてもいいのでしょうか。
『・・・・・・もしもし、?』
声が、聞こえる。心臓が痛い。痛い、痛い、痛い。
?』
顰められている声。今は部活中のはずなのに。何で、どうして。



どうしてこのまま死なせてくれない。



「・・・・・・・・・・ぃ、げ・・・・・・?」
まだ声は出るのかと思った。
ヒュウヒュウと鳴り続ける咽に紛れて、それは音にならなかったかもしれない。
手の中の携帯。まだ手の中にあるのだろうか。それすらももう、判らない。
『・・・・・・?』
ごめん、もう答えられない。訝しむような声でさえ、今はただ涙を誘う。
『今、自分どこや。どこにおるん』
「・・・・・・・・・」
口を開いても、言葉が出ない。どんどんと心臓の軋みが酷くなっていく。
神様、もう時間? もう、時間?
ねぇ、神様。



楽しかった日々。
愛した人々。
苦しみも悲しみも。
全部のすべてだった。
苦しんで苦しんで生きてきた。
あと少しと思って生きてきた。
いつ死んでも、おかしくないと思って。



頬が熱い。目が、熱い。
――――――タスケテ



「・・・・・・・・・にたく・・・な・・・・・・」



「・・・・・・死にたくないよぉ・・・・・・・・・っ」



ごめんなさい、神様。ごめんなさい、みんな。
苦しんで苦しんで苦しんで、みんなも苦しませてきたけれど。
でも、それでも。
それでも。



『―――今から行く! ええな、絶対に動くんやないで! 必ず見つけたる! せやから、絶対に・・・・・・』
言葉はもう聞こえなかった。
どうしてだろう。いやに静かだ。
何も、感じない。



ごめん、シゲ。最後に道連れみたいにしてしまって。
誰にも知られずに死ねれば良かったのに。ひっそりと静かに消えていければ良かったのに。
お守り代わりに持っていたのが仇になった。
シゲのデータを見るたびに安心してたのが悪かった。
一人じゃないって。



最後の最後まで迷惑かけてゴメン。
謝ってばっかで、本当にゴメンな。



神様、もういいよ。



すべてが遠ざかっていく中で、黒い布のようなものが見えた気がする。
逆さまに覗き込んでくるような少年の顔も。
ブラックアウト。



ごめんなさい。俺、死ぬ。





天使とピストル→花も嵐も踏み倒せ→?