袖触り合うも多生の縁
「若いっていいわねぇ・・・」
跡部はそう呟いて、軽く息をついた。
隣に並んで歩いていた弟の景吾がうさんくさそうに姉を見遣る。
「何言ってやがんだ」
「あんたには到底出来ないような可愛らしい恋をしているカップルを見てたのよ」
「・・・・・・・・・」
「高校生・・・ううん、中学生くらいかしら。あんたとは雲泥の差ね」
キッパリと言い切るお姉様の言葉に弟は反論できず。
でもそれはきっとお姉様の所為だとも考えながら。
だってこんなに奇麗で魅力的な人がすぐ近くにいたら恋愛なんてとてもじゃないけど出来やしない。
「だからって実の姉に欲情するのはいい加減に止めなさい」
「・・・・・・・・・やだ」
ポツリととんでもないことを呟いた弟にお姉様は仕方ないなぁと小さく笑って。
「マザコンとシスコンは女の子に嫌われるわよ」
言葉とは裏腹に、自分よりも少しだけ背の高い弟の頭を優しく撫でた。
「とりあえず今日は買い物! バイト代とお小遣いと入ったばっかりだしね、思いきり買うわよ!」
「だったら車で来ればいいじゃねぇか」
「電車の方がデートって感じがするでしょ?」
ニッコリと奇麗に微笑んだお姉様に弟はもう真っ赤。
完全に遊ばれているのだが、これが彼にとっては幸せであるのだから施し用もない。
「スカート、パンツ、ジャケット、コート、シャツ、カットソー、パンプス、ブーツ、バッグ、ストール、ストッキング、下着、ネックレス、ピアス、ブレスレット、化粧品、香水」
「それだけ買うなら新宿よりも銀座だろ」
「じゃあ銀座に移動ね。景吾は何か買わないの?」
「・・・・・・今日はいい」
「お姉様と一緒にいられるだけで幸せ?」
「!!」
「そんな可愛い景吾にはコートでもプレゼントしてあげようかしらね」
学校では素晴らしい地位と人気を確保している弟をからかうのが楽しくて仕方のないお姉様。
銀座までの切符を買わせに行かせ、自分はのんびりと改札前で通りを眺めている。
そんな中、向けられる視線の多さに気付いて彼女は周囲には判らない程度に眉を顰めた。
自分の容姿は自覚しているので視線にさらされるのには慣れている。特に弟が一緒の時にはなおさら。
だけど、今は一人。けれど向けられる視線の数は景吾と一緒のときよりも多い。
は不審に思ってサッと周囲を見回した。
通りを行き交う数々の人、その足が普通のスピードから緩やかにかわり、そして止まる。
信じられないものでも見たかのような目の先は―――――。
自分と、そして。
ゆっくりと振り向いた。
ヒールのある靴を履いている自分よりもずいぶんと高い後ろ姿。
黒のジャケットと、光を浴びて輝いている髪。
醸し出される雰囲気は独特のもの。
思わず小さく喉を鳴らした。
そんな動揺に気付いたのか、目の前の背がゆっくりと振り返る。
しまった、とは内心で唇を噛んだ。
この広い背中も。
細そうに見えて逞しい腕も。
加工しない主義の黒い髪も。
バランス良く伸びた高い身長も。
向けられる鋭い眼差しも。
その美形としか言い様のない顔も。
言葉遣いの悪い口も。
ぜんぶ、ぜんぶ。
ゆっくりと確かに唇を吊り上げる。
目の前の男に向かっては奇麗に笑みを浮かべた。
人生で、最高の微笑。
「・・・」
「遅いわよ景吾! あんた切符買うのに何時間かかってるわけ!?」
「アーン? たかが3分だろうが」
「うるさいっ! 私に口答えすんじゃないわよ! あぁもうまったく! こんなことなら最初から銀座に行けば良かった!」
「・・・・・・・・・何かあったのか?」
突如急降下した姉の機嫌にさすがに不思議に思って訪ねると、お姉様は何度も髪をかきあげて、そして吐き捨てるように鋭い声で言った。
「・・・・・・イヤな男に会ったのよ」
「嫌な男?」
「もういい! この話しはこれで終わり! さっさと行くわよ!!」
「は? おい、ちょっと待て!」
自動改札に向かって突進していく姉を追いながら弟は首を傾げた。
一応まだうら若き弟は知らない。
姉の言う『イヤな男』に二通りの意味があることを。
それは『本当に最悪な男』という場合と、もう一つ。
『本当に最高な男』に対しての褒め言葉であるということを。
弟がいまだに首を傾げている隣で、は乱暴に唇を拭った。
クラスメイトの恋人→終わりのない道を走れ!→?