「ごめんね、君。待った?」
平日の夕方、混雑する駅前に二人の男子学生。
一人は学ランを着込み、もう一人は独自の校章入りのワイシャツにネクタイを締めている。
二人に共通するのは肩に背負う大きなテニスバックのみ。
小柄な学ランの少年は、近づいてきた背の高い彼に笑って答える。
「待った。・・・っていうても十分くらいやけどな。ここで待ち合わせしといて俺よりアンタの方が早かったら、それはそれで『何でや!?』って感じやし」
「そう? でも本当に待たせてごめんね?」
「せやからええって。俺に合わせて青春台の駅で待ち合わせしてくれたんやし。こっちこそおおきに、鳳さん」
少年の言葉を受けて、鳳長太郎は嬉しそうに破顔した。





2000hit・セピア番外編『放課後デート』





「今日は突然誘ってごめんね。用事とかなかった?」
ブラブラと歩きながら鳳が尋ねると、は小さく首を横に振って。
「用事なんてあらへんよ。たとえ当日でも前もって約束してくれるんなら全然オッケーやし」
「そっか、それならよかった」
「でもそっちが誘ったってことは、デート費用は全部そっち持ちってことやろなぁ?」
背の高い鳳を見上げて意地悪げに口元を歪めた。
けれども。
「もちろん、そのつもりだよ」
返された言葉に一瞬目を丸くして、そして大きくため息をついて肩を落とす。
「あかん・・・・・・これやから金持ちはあかんのや・・・・・・・・・」
だからと言ってオゴリを断ることもなく、『使えるものは親でも使え』主義なはそのままご馳走になることにした。
とりあえず夕飯はリサーチしてきた(らしい)鳳の案内で、駅近くのパスタ専門のレストランに決定。



「部活の方はどう? ランキング戦はまだ始まってないんだっけ?」
鮭とホワイトソースのスパゲティを器用にフォークに巻きつけて鳳が尋ねる。
「ん、来週からや。氷帝じゃ正レギュラーと順レギュラーで総当り戦が始まっとるって聞いたけど」
対するは茄子とほうれん草の和風味噌スパゲティ。
「関東大会で青学に負けたからね。今までのレギュラーを一新しようって監督の考えみたいだよ」
「せやけど、あのアクの強いレギュラーはそう簡単に負けんやろ。結局は元サヤに収まるんちゃうか」
「たぶんね。俺も負けられないから頑張るよ」
柔らかい笑みを浮かべる鳳に、は「ほな頑張って」と笑って返す。
「それにしてもよく知ってたね。総当り戦が始まったのって今週からなのに」
今日はまだ水曜日。青学のデータマン乾にしても早すぎるような気がしなくもないが。
「メールでがっくんに聞いたんや。がっくんとジローは毎日メールしてくるから」
がっくん、ジロー。
「・・・・・・向日先輩と芥川先輩?」
「そ。青学VS氷帝のときにメアド聞かれたから教えたんやけど、それから毎日メールして今では立派なメルトモやで」
「確か・・・・・・忍足先輩とは、あの試合以前に知り合いだったんだよね?」
「侑士? まあ同じ関西出身やからな。アイツも電話してきては『決着つけたる!』ってウルサイんやけど」
口ではそう言いつつも、楽しそうなに鳳はクスクスと笑みを漏らす。
君は氷帝でも人気者だからね」
「人気者ちゅうかパンダな気がせぇへんでもないけどな。樺地さんにはこの前買出しのときに会うたで。荷物運ぶの手伝ってくれたんや。宍戸さんは立海戦のときに偵察に来てたみたいで、アイス奢ってもろたし」
あまりの可愛がられ方に鳳は声を上げて笑ってしまった。
氷帝にはやリョーマのような秀でた一年がいないので、その分目一杯構っているのだろう。
みたいな後輩がいたらなー!」と向日が部活中に叫んでる姿も、最近では当たり前のことになってきているし。
「せやけど、一番ビックリしたんはやっぱ跡部さんやな。部活帰りに道歩いとったら隣に黒塗りのベンツがスゥーっと止まって、いきなり中に引きずり込まれたと思うたら着いた先はフランス料理のレストランやで! しかも俺サイズの服に着替えさせられて! あれにはかなりビビッたわ」
「あはははは! さすが、跡部部長らしいなぁ」
「五つ星レストランは美味かったけど、約束も無しにアレはあかんやろ。しかもそのときの洋服もプレゼントされたし。・・・・・・あれやな、跡部さんって俺のパトロンにでもなるつもりなんかな?」
「パ・・・・・・・・・・パトロンって・・・・・・!」
腹を抱えて肩を震わせる鳳。
場所がレストランでなければ、遠慮なく大声で笑って机を叩いていたことだろう。
はそんな相手の様子を楽しげに眺め、そして鳳が笑い終わると同時にハァッとため息をついた。
その表情が幾分か暗い。
「・・・どうしたの、君?」
笑ったのが悪かった? と聞けば、はフルフルと首を横に振って。
「この前な・・・・・・・・・・・・」
「うん?」
暗い表情のにつられて、鳳も真剣になる。
大きく息をついてから、口を開いた。
「・・・・・・やっぱり部活帰りに歩いとったら、隣に赤いスポーツカーが止まってな・・・・・・」
赤いスポーツカー。
どことなく知っているような車だと鳳は首を傾げた。
いつも見ているような、そんな気がする。
「窓が開いてスーツ姿の男の人が『乗りなさい、君。家まで送ってあげよう』って言って手招きしたんや・・・・・・」
赤いスポーツカー。スーツを着た男の人。
「まさか・・・・・・・・・」
ハッと何かに気づいたらしい鳳が身を強張らせると、もコクリと頷いた。
「・・・アレには俺も貞操の危機を感じたわ・・・・・・・・・」
赤いスポーツカー。スーツを着た男の人。
そんな人物で鳳の知っている人といったら一人しかいない。



榊監督・・・・・・・・・!!



「・・・・・・それは・・・断るのが君の為だと思うよ・・・・・・」
「うん・・・。俺も何とか理由つけて逃げたから、そのときは大丈夫やったんやけど・・・・・・」
「氷帝の方でも対策を練るから。もうそんな怖い思いはさせないからね。・・・・・・うちの監督が本当にゴメン」
謝るのは何となく違うかもしれないが、真面目な鳳は監督の奇行についてちゃんと謝罪した。
少しだけ無理をして笑っているを見て、帰ったらすぐに対策を練ろうと心に決める。
このさい数だけはいる氷帝テニス部員を総動員してでも、監督を止めなければと強く強く思ったのだった。



「今日はホンマにご馳走様。パスタもケーキも美味しかったわ」
至極ご満悦な顔でが笑う。
「喜んでもらえてよかった。また誘ってもいいかな?」
「もちろんやで。鳳さんって下の名前なんていうん?」
「長太郎だよ。鳳長太郎」
「ほー・・・・・・。なら長ちゃんやな」
「じゃあ俺も君って呼んでもいい?」
そう言うとはニパッと笑って「ええよ」と頷いた。
子供っぽい呼ばれ方も気にならない。
それもこれも全て、彼に呼ばれるのならば心地よい音に変わるから。
「じゃあ、またね、君」
「またな、長ちゃん。お誘い待っとるわ」
そんなこと言うと明日にでも誘っちゃうよ? などと思いながら、鳳は改札を抜けてホームへと立った。
滑り込んでくる電車になびく髪を軽く押さえて。
乗ったのとは逆の出入り口にテニスバックを立てかけると、ポケットから携帯電話を取り出した。
目を閉じて、今日自分に向けてくれたの笑顔を思い出して。
それからゆっくりとボタンを押した。
「あ、もしもし跡部部長ですか? 鳳ですけど、ちょっとお話したいことがありまして・・・」



翌日から榊に対して厳重警戒態勢が取られたのは言うまでもないことだろう。





2002年8月16日