バンビちゃんは熱海へご旅行に行きました。
お土産を買ってきました。
子犬ちゃんのところに渡しに行きました。
次は黒猫ちゃんのところです。
110000hit・決戦番外編『Stay with me』
その日、青春学園男子テニス部テニスコートにはざわざわとしたどよめきが走っていた。
一年生は着替えを終えて部活の準備をしようと部室を出たはいいが、コートに入れずうろうろと彷徨っていた。
それもそのはず、コートの入り口に見たこともない後ろ姿があったのだから。
黒いサラサラの長めの髪、小さくて細い身体、どことなくちんまりとしていて小動物のような存在感。
緑色のブレザーと千鳥格子のズボンは見たことがなくて、一年生はひそひそと話をしながらその人物の後ろ姿を見ては話していた。
どうしよう、このままでは準備が出来ないよ。っていうかあれは誰なんだよ。
小声で話し声が交わされる中、ラケットをクルクルと回しながら部員の一人が現れた。
青と白と赤のジャージ。言わずとしれた青学レギュラーの印である。
彼はコートへ入らずに右往左往している一年生を見つけて面白そうに話しかけた。
「にゃーにやってんの? 早く準備しなきゃ部活始められないじゃん」
「え、あっ菊丸先輩!」
慌てたように顔を上げた一年生は少し戸惑ったように、そろそろと指で向こうを指し示して。
「あの・・・・・・あれ・・・・・・・・・」
「ん?」
指の先をなぞって菊丸が顔を上げる。――――――コートの入り口の前にいる、存在へと向かって。
大きな目をさらに見開いて、口も大きくパカッと開いて。
「・・・・・・英二? どうかしたの?」
続いて部室から出てきた不二に話しかけられても返事することが出来ずに。
その呆然とした視線をたどって、不二も細い目をうっすらと見開いた。
「―――――――――――あれ」
呟いた瞬間、となりの菊丸は走り出していた。その小さな存在へと向かって。
「ちゃんじゃ―――――――――――――んっ!!」
ゆっくりと振り向いたは、いきなりタックル(に近い抱きつき)を食らって倒れこんだ。
「ごめんな、大丈夫かい?」
続々と部室から出てきたレギュラーたちによって救出され、落ちてしまった鞄を受け取りながらはコクリとうなずいた。
「・・・大丈夫。ありがとう・・・・・・えっと、大石さん?」
少しだけ困ったように首をかしげるに、大石は可愛いなぁと思いながらその頭を優しく撫でる。
「そう。今日はどうしたんだい? 氷帝は部活がないのかな?」
「うん。今日はお休みだって景吾先輩が」
「そうなんだ」
小さい子相手に話すときと同じ口調になっているのは間違いではない。というか無意識のうちである、はず。
「氷帝は毎年この時期に準レギュラー以下のトーナメントを行ってランキングを作っているからね。おそらくそのための休みだろう」
「うん、そう」
「じゃあレギュラーは全員休み?」
「うん」
の答えを乾はノートへと書き込んで、そしてまた続々と質問を続けようとする―――が。
「ダメだよ、乾。せっかくちゃんが来てくれたんだから。質問じゃなくてもっと楽しい話をしなくちゃ」
「そーだよーんっ! ね、ちゃん。ポッキー食べない?」
「ジュースもあるよ。ファンタとオレンジジュース、どっちがいい? それとも烏龍茶?」
「・・・えっと・・・・・・」
困ったように見上げてくるに、不二&菊丸はニコニコと笑いながら「ん?」と首をかしげて。
「じゃあ・・・・・・オレンジジュース」
「うん、ハイ♪」
缶ジュースを渡す不二の語尾に音符マークがついていたのはおそらく聞き間違いではないだろう。
それほどまでに満面の笑顔で上機嫌なのだ。現在の不二周助は。
「ちゃん、あーん!」
「(あーん)」
ぱくっ
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜可愛い―――――――――っ!!」
条件反射でポッキーをくわえたに菊丸が悶絶して転がりまわる。
横で見ていたレギュラーたちも「可愛いなぁ」と思いながらそれぞれに頬を緩めたりして。
としてはいつも向日やジローにやられているのであまり違和感のない行為だったのだが。
小動物を思わせる仕草にレギュラーたちは骨抜きだった。
そんな彼らを横目で見ながら平部員たちは思う。
『あぁ・・・・・・越前は容姿だけはいいけど、性格はアレだからなぁ・・・・・・・・・』と。
以前某オレンジ色に似た名前の中学校テニス部で同じようなことが思われていたのを彼らは知らない。
「――――――何の騒ぎだ」
「氷帝の懐刀こと『バンビちゃん』の愛称で知られる君が遊びに来ているから相手しているんだけどそれが何か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一息(しかも満面の笑顔つき)で言い切った不二に手塚が反論することが出来ただろうか。―――――否。
青学テニス部をまとめる立場にいる彼は痛むこめかみを手で押さえ、心中で深く深く溜息をついた。
そんな様子に気づいてが慌てて立ち上がる。(あまり表情の出ない顔なので傍目からは判りづらかったが、雰囲気が慌てていた)
「・・・・・・ごめんなさい。俺のせいで」
「・・・・・・・・・いや」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(にこっ)?」
「!!!」
視線勝負、手塚の負けが認められた瞬間である。
遠慮なく腹を抱えて笑うレギュラーと、ひそやかに肩を震わせる部員たちがいた。
遠くから見ていてもおかしかったテニスコートは近寄るとますますおかしくて、越前リョーマは思わずこのまま帰ろうかと足を止める。
けれどその渦中に見慣れた姿を見つけて目を見開いた。
「・・・・・・・・・?」
「・・・・・・リョーマ」
その呟きが聞こえたらしいが振り返って、そしてふんわりと笑った。
バンビという愛称に違わず、いやむしろそれ以上に可愛らしい笑顔だな、とリョーマは思う。
・・・・・・・・・周囲を取り囲んでいる先輩方が気に入らないけれど。
「どうしたの? 何でが青学に?」
「・・・ん。この前、景吾先輩たちと熱海に行って来たから、そのお土産」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・熱海、行ったの? 跡部と?」
「うん。あと侑士先輩とか、みんなと一緒に」
――――――――――――――――ホッ。
一様に部員たちが肩を下ろす。(やはり同じようなことが某黄色に似た色の名前の中学校テニス部で行われたのを彼らは知らない)
「入浴剤とアジの干物?」
「・・・・・・うん。リョーマ、温泉の素とか集めてるって言ってたし」
「ありがと、。俺、魚も好きだしすごく嬉しい」
「・・・・・・よかった」
ふんわりと笑うにリョーマもニッコリと笑う。
傍から見る分にはとても見目麗しい、目の保養になる光景。
けれど青学テニス部員たちは思った。
『白バンビが黒猫に侵食されていく・・・・・・っ!!』と。
しかしそんな考えは一瞬のうちに覆された。
そうなのだ、白バンビが黒に染まるなんてことが許されるわけはないのだ。
――――――――――彼が、いる限り。
「。用が終わったんならさっさと帰るぞ」
テニスコートのフェンス越しにかけられた声にテニス部員一同は振り返った。
も振り返って、そしてふわっと甘い笑みを浮かべて。
「景吾先輩」
立ち上がって鞄を持つと、出入り口を回って跡部の下へテクテクと近づく。
陽の光を浴びて天使の輪を作る黒髪をゆっくりと撫でて跡部は笑った。
ふふん、と。
フェンス越しの青学レギュラーに向かって。
ムカッ!!!!!!
一気に膨れ上がった殺意の念からをブロックして、跡部はいまだその黒髪を撫で続ける。
なでなで
ムカムカッ
なでなでなでなで
ムカムカムカムカッ
―――――――――――――――ふふん
ブチィッ
「あんた――――――――――っ!」
「さて帰るか、」
跡部景吾、さすが氷帝の曲者テニス部200名を総括しているだけのことはある。
テンポを一つずらすだけで見事に青学テニス部レギュラーを黙らせた。
地団駄を踏んで悔しがる彼らをの視界に映さないようにして、細い肩を抱く。
「帰りはケーキでも食ってくか? 六本木ヒルズ、まだ行ったことなかっただろ?」
「うん」
「あそこのケーキは中々イケるからな。夕飯も食って帰るか」
「・・・・・・でも」
「母さんは仕事なんだろ? なら食べて帰ろうぜ。明日も朝練があるからうちに泊まっていってもいいし」
「・・・・・・・・・」
「遠慮すんな」
くしゃりと柔らかな髪をかき混ぜると、は猫のように目をつぶって、そして笑った。
照れくさそうに、嬉しそうに、本当に綺麗に。
「・・・・・・ありがとう、景吾先輩」
微笑むその頬に跡部は軽いキスを落として。
「のためなら何でもしてやるよ」
そしてまた笑った。
自分を見て笑う顔だけを青学メンバーに見せ付けて去っていく跡部はこれ以上ないほど性格が悪かったと後に手塚は語る。
殺伐とした青学テニス部。練習が出来るはずもなかった。
2003年5月14日