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「天国先輩!?」
そんな声がグラウンドに響き渡った。
1000hit・雉も鳴かずば撃たれまい
その日は『学校見学会』。
つまりは『これが十二支高校ですよ~。どうぞ皆さん受験して下さいね~』と中学三年高校受験生に学校側が盛大にアピールする日だった。
しかしそれと関係あるのは生徒会と理事会・経理課の皆さんくらいで、ほとんどの生徒はいつもと変わりなく放課後を過ごす。
そしてそれは野球部も同じ。
いつもと同じようにキャプテンは熱心にトンボをかけ、虎鉄大河はマネージャーをナンパし、羊谷監督は煙草を吹かしていた。
厳しい練習のオアシス、つかの間の休憩時間。
そんな中に響いた声。
「天国先輩!?」
驚いたような、興奮したような声に野球部の面々が振り返る。
呼ばれた当の本人は飲んでいたドリンクから口を離して振り返った。
フェンス越しに見える学ランの男子生徒二人。
高校生にしては雰囲気が幼く、皆は「あぁそういえば今日って学校説明会だったな・・・」とふとした事実を思い出す。
「あれ、オマエら久し振りだな」
ドリンクを傍らに置いてフェンスへと歩み寄る。
その姿に弾けたように騒ぎ出す中学生二人組み。
「お久しぶりです! 先輩が卒業して以来ですよね!?」
「そうだな。ワリィ、なかなか行けなくって」
「いえ、全然! 天国先輩が気にすることじゃないっす!」
天国に話しかける姿はまるで子犬が飼い主にじゃれてるようだったと、のちに司馬葵はジェスチャーした。
天国を含めた三人は楽しそうに会話をしている。
「っていうか天国先輩! 何で十二支高校にいるんですか!?」
「そうっすよ! 俺たち先輩は
麻城
に行ったって聞いてたのに!!」
!?
何気なく聞き流していた野球部員たちは一斉に振り返った。
麻城? 今、麻城と言ったのか!?
たとえ大所帯の野球部といえど、今部員たちの心の声は一つだった。
しかし天国たちはそれに気づかずサラリと流す。
「何だ? 誰が言ったんだよ、そんな事」
「大池センセっすよ。進路担当の」
「バーカ。誰が行くかっての、あんなガチガチのシステマチックな学校によ」
「でも合格したって聞きましたけど」
「確かに
受かったけど
な。大池が受けろって言ったから受けただけだぜ」
・・・・・・・・・受かったんですか、あの超絶ハイレベルな進学校に。
絶対カンニングしやがったんだ、あのバカ猿。と犬飼冥が呟いたのを聞いたのは、隣にいた辰羅川信二だけだった。
「つーか何か? 中学じゃそんな噂が流れてんのか?」
「そうですよ。だから例え無理でも麻城を受けようとしてる奴も結構いますし」
「俺らもチャレンジするだけしてみようかって話してたんすよ。天国先輩と沢松先輩のいる学校に行きたいから」
「あーあぁ、それ完全に大池の策に嵌まってんぞ。あいつそんなに進学率あげたいのかよ。俺も沢松の十二支だっつの」
「「沢松先輩もいるんですか(すか)!!?」」
「いるいる。あいつも麻城蹴ったし。俺らは最初から十二支って決めてたんだよ」
からりと笑った天国に、中学生たちは大喜び。
「俺、必ず受かります!」
「俺も! 絶対十二支に来ます!」
「おいおい、オマエらそんな簡単に志望校決めんなよ」
「だって天国先輩と沢松先輩がいるんすよ!? 来ないわけないじゃないっすか!」
「そうですよ! 必ず受かりますから、またよろしくお願いしますね天国先輩!!」
ハイテンションの中学生は大袈裟に手を振って家路へと帰っていった。
残ったのは不自然に固まった野球部員のみ。
我に返ったキャプテンの指示により予定より長引いてしまった休憩時間も終わりを告げる。
グローブを持って守備位置につこうとした天国のユニフォームの裾をツンッと軽く引っ張る存在。
振り向けば20cmくらい下に見える毛糸の帽子。
「何だ? オマエが飛びついてこないなんて珍しいな」
戸惑った雰囲気を感じたのか、天国が視線を合わせるようにかがみこむと、兎丸比乃は驚いたように目を丸くした。
この瞬間に部内の念の色が平常時より百倍単位で黒くなったと、のち蛇神尊は読経に紛れて証言した。
「えっと・・・あのね、兄ちゃん」
「ん?」
先を促すように首を傾げた天国に、皆の胸がキュンッと高鳴ったと子津忠之介は確信する。
「兄ちゃん麻城高校に受かってたんでしょ?どうして行かなかったの?」
「あーそれはな、高校は十二支って
決めてたから
だ」
「どうして十二支なのだ?」
颯爽と現れたやはり小柄な姿。
大きな目に比例して尊大な態度で鹿目筒良が尋ねる。
これは身長順に来ているのか、ならば次は自分の番なのかと、猪里孟臣は自分に問うた。
これには監督の羊谷遊人もキャプテンの牛尾御門も首を傾げる。
確かに十二支高校は野球の名門だけれど、天国が入部したのは高校で出会ったマネージャーの鳥居凪の為だし。
他に理由が見つからない。
皆が不思議そうに天国を見つめる中で、彼はケロリとした顔で答えた。
「家から
10分の距離にあったから
ですよ」
・・・・・・・・・そのためにこの学校に入ったのか・・・。
超絶ハイレベル進学校の合格を蹴って睡眠時間を優先したのか。
国立T大学入学よりも目の下の隈を無くすことを選んだのか。
「別に勉強なんて
どこでも出来る
し、最終学歴は大学ですから。高校くらいは好きな所に行っとこうかと思って」
にこりと笑った天国はとても愛らしくて可愛かったのだが、どこか遠い人に感じた。
のちに野球部員は皆がそう口をそろえて言うのだった。
2002年8月7日