100:貴方というひと
今年同じクラスになった女子の一人に、生徒間でとても有名な子がいた。
名前は、さん。
肩までの黒髪を揺らせて歩く彼女は、何の因果か俺の隣の席になって。
「よろしく、笠井竹巳」
そう言った彼女は噂よりも綺麗で、だけどそれ以上に圧倒的な力強さを感じさせて。
そうして、俺と彼女の関係は始まった。
音もなく動く気配が隣から伝わって、目を向けるとさんがシャープペンを片手に問題を解き始めたところだった。
ということは、もうすぐ彼女は教師に指されるということで、じゃあ隣の俺も必然的に問題を当てられることになる。
あの教師は縦列じゃなくて横に生徒を指名していくから。
それは俺でも判るし、それに何より彼女の先読みは外れたことがない。
だから、絶対。
「じゃあここの5問を澤村、、笠井、桜井、天海」
―――――――――――ほら、やっぱり。
黒板に書ききって教師が丸をつけると、さんはお役御免といった感じでシャープペンを持ったままノートに何かを書く体勢に戻った。
でも、彼女は何かしているわけではない。
寝ているのだ。その体勢のままで。
彼女が寝ていると初めて知ったときは、ものすごく驚いたのを覚えている。
だってどう見ても彼女はノートを取っている、または問題を解いているようにしか見えなくて。
まさか寝ているだなんて思いもしなかった。
これじゃあ教師も絶対に判らないだろうね。
さんが一年の頃から有名だった理由は、その情報収集能力とそれに見合った頭脳と行動からだった。
もちろん、その可愛らしい容姿も噂ではあったけど、彼女が一言話せばそのギャップに引き下がるヤツラが多すぎて。
俺は魅力的だと思うけどね。明確な彼女の理論と行動は見ていてとても気持ちがいいから。
需要と供給、または要求と見返りが天秤でつりあった時だけ、彼女は動く。
そして必ずや十分以上の成果を挙げて。
そうしてさんはその地位を不動のものにした。
誰からも一目置かれ、そして自由に動ける存在として。
彼女の居場所は確立された。
「笠井」
お弁当を持ってきているさんはそれを食べながら俺に声をかけた。
普通サイズのお弁当箱にアンパンとマーブルケーキ、それに差し入れにもらったらしいクッキーと。
さんは見かけによらず良く食べる。これも隣になって初めて知ったこと。
「昨日の昼休みに三上亮と渋沢克朗と会ったぞ。まさに噂通りの奴等だったな」
「三上先輩とキャプテン?」
「うむ。昼食をご馳走になった」
・・・・・・・・・・だから昨日の三上先輩はあんなにゲッソリとしてたのか。
キャプテンは逆に楽しそうだったけど。
「どうだった?」
「実に利用し甲斐のありそうな人間だった。今後は彼らに対する乙女らの要求も思考の端に入れようと思う」
「そうしたら大変だと思うよ」
「別に構わない。当人がそれを望めば、だがな」
同じクラスになって、隣の席になって、彼女と親しくなって。
俺の周囲にはある程度のラインが引かれたらしい。それはもちろんさんの手によって。
練習の邪魔になるような女子や、誕生日やバレンタインデーのプレゼント、そういったものを彼女がすべて計らってくれたのだ。
彼女たちの意思も汲んで、俺の望む穏やかな日常も考慮して。
どちらも満足のいくように規定を設けてくれたらしい。・・・・・・詳しくは、聞いていないけど。
騒がしかった彼女たちも試合のときは黄色い声ではなく熱心に応援してくれるようになって、それでもプレゼントはまとめて確かに届けられようになった。
さんからしたら『御礼』らしい。・・・・・・・・・たぶん、俺が彼女にした昔の行動に対する。
でもこのラインによって俺はとてもよい環境を得ることができ、三上先輩のように校舎内を追い掛け回されることは全くなくなった。
きっと三上先輩もそれを知ったら、さんに頼むと思うよ。
身の安全のためにね。
さんという存在を知って、俺は色々な意味で変わったと思う。
それもずべて、彼女のおかげ。
誠二とはまた違うけれど、彼女も俺の大切な親友だから。
困ったときには、力になりたい。
でもきっと、さんは困ったときでも自分ひとりの力で解決出来てしまうんだろうなぁ。
今日も彼女は俺の隣の席で静かに睡眠を取っている。
2002年12月7日