091:サイレン
敵に背中なんて見せたくないけれど、見せるのなら唯一人。
初めて彼を見たときからそう決めていた。
「ごめんね、。わざわざ青学まで来てもらって」
「別に構わない。困ったときはお互い様だ」
「その台詞、他の統治者たちにも聞かせてあげたいよ」
僕はクスクスと笑って、紅茶の缶を相手に差し出す。
青学とは対極の、白い学ラン。シルバーフレームの眼鏡をかけた彼を東京で知らないものはいない。
『山吹の覇者』・。
青学に入学して一ヶ月も経っていたのかな。細かいところまでは覚えていないけれど。
都内中学の五分の一を治めている『山吹の覇者』が代替わりしたというニュースは、瞬く間に青学に広まった。
いや、青学だけでなく不動峰に聖ルドルフ・氷帝をはじめとした都内の全中学校に。
新しく君臨した人物は、入ったばかりの新入生だと。
誰もがみな驚愕に声を上げて。
そして囁きあった。
そんな人物に『山吹の覇者』が務まるのかと。
『山吹の覇者』の称号を襲名してから、彼は日を置かずに青学を訪れた。
同校の生徒を連れずに、たった一人で。
白い学ランにシルバーフレームの眼鏡、さらりと揺れる髪に整った顔。
噂通りの小柄さに誰もが小さく笑い合って。
けれどそんな彼の評価はその日にして一変した。
当時『青学の主』だった大和部長が認めたのだ。
彼は間違いなく『山吹の覇者』たる器だと。
小柄な背中をピッと伸ばして、物珍しげに覗く生徒たちの波を迷わずに歩く彼はとてもカッコよかった。
凛とした雰囲気を漂わせて、迂闊に誰も近寄らせない空気を身に纏って。
そして何より『青学の主』と対等に話をし、当時起こっていた統治者間の問題を一日にして解決してしまった。
双方に納得のいくように、魔法のような手段をもって。
未だにその方法は明かされていないけれど、それはもう伝説と化している。
『山吹の覇者・』の伝説に。
その日から決めていた。
彼は僕の敵であり、そして何よりも信頼できる仲間なのだと。
「それで、何があったんだ?」
尋ねてくるに僕は用意していた資料を取り出して。
「先週の金曜日なんだけど、青学の生徒が―――――・・・・・・」
指差して、事情を説明して。
僕は今話をしている。
あの『山吹の覇者・』と、『青学の三強』の一人として。
君がいたから僕はこの地位まで上り詰めた。
背中を預ける相手なんて、ずっと前から決めてたんだよ。
君だってね。
2002年12月7日