089:マニキュア
退屈な授業の途中、ふとある考えが閃いた。
今受けている古典の授業とは何の関係もない、でもものすごく素敵なこと。
考えるだけで口元が綻んで笑みが浮かぶ。
隣の英二がどうしたの、って小声で話しかけてくるくらい。
本当にわかり易いんだなぁ、僕。
さんのことに関しては。
さんはピアノの講師をしている。
小学生から高校生、果ては何かのコネで紹介された大学生まで幅広い教え子を持っていて。
さん自身すごい腕前の持ち主なんだけど、弾いてくれることは滅多にない。
よっぽど機嫌がいいときか、僕がどうしようもなく落ち込んでいるとき。
そんなとき、さんはピアノを弾いて聞かせてくれる。
優しい、人。
一般的なピアノを弾く人と同じように、さんも爪を伸ばすことなく短くしている。
桜色の貝殻のような、それはまるで女の子への例えのようだけど、まさにそんな感じの爪。
細くて長い指の先に、形の良い爪が綺麗に収まっていて。
爪だけでなく、髪の毛一本から靴のつま先まで、さんに隙はない。
完成されたような男の人。
でも口は悪いんだけどね。
でもすごく優しいし。
とにかく、大好きなんだ。
今日、部活が終わったらマニキュアを買いに行こう。
あ、それとも買う前に姉さんに聞いてみた方がいいかな。
さんにはどんな色が似合うか、なんて。
僕としてはグレーシルバーや血のように赤いのが似合うと思うんだけど。
でもきっとさんなら何色でも似合うんだろうね。
そして、僕がその爪に色をつけてあげる。
僕の色に彩られた指先でピアノを弾くさん。
考えただけでどこか淫らな感じがした。
2002年12月7日