086:肩越し
「・・・・・・・・・景吾、いい加減に機嫌直せよ」
そう言っても相手は何の反応も返さない。
ソファーに座り込んだまま紅茶も飲もうとしない相手に、は小さくため息をついた。
しかしそれを耳ざとく聞き付けた跡部はムスッとしたまま立ち上がり、大股に歩いて部屋を出ていく。
常にはない乱暴な足音とドアの閉った音に、軽く首をすくめて。
紅茶を下げようとしていた執事に、手を振ってそれを止めた。
「いいよ、そのままで。すぐに連れてくるから」
の言葉に長年この家に仕えてきた執事は笑みを返して。
「景吾様のご機嫌をお直しになるのは、昔から様の十八番でございましたね」
「十八番っていうか、もうすでに習慣の一つだと思うけど。ワガママだからな、景吾のヤツ」
「それでも様が行かれない限り、部屋からは一歩も外に出ようとはなさらずに」
「進歩してないし」
「待っておられるのですよ、景吾様は様を」
穏やかな微笑でそう言う初老の執事に頷いて。
「5分で戻ってくるから、ヒルトンのケーキを用意しておいて」
「畏まりました」
リビングを出て緩やかなカーブを描く階段を昇る。
行く先はただ一つ。
ワカママな従兄のいるお部屋。
コンコン、と開いた扉をノックした。
意味なんてないと判っているけれど、迎えに来たという証を示して。
それでも窓際に向けられた椅子に座っている相手は振り返らない。
はばれないようにため息をついて、絨毯の上を素足で歩き近寄った。
その、色の薄い髪に指をすべらせて。
「・・・景吾」
滑らかな頬に、触れる。
「機嫌直せよ。父さんたちだって悪気があってしたわけじゃないんだから」
「・・・悪気があったら尚更許さねぇよ」
「だったらもういいだろ」
そう言って引きかけた手を跡部が握って逆に引き寄せた。
の白い手にそっと口づけて。
「がキスしてくれんなら戻ってもいいぜ?」
しっかりと掴んで離さない手に、呆れたように肩を落とす。
けれど、今日は特別に。
「・・・・・・バカ景吾」
背後から、そっと唇を寄せた。
そうしてキッチリ5分で戻ってきた二人は、バナナケーキと入れたての紅茶で午後のティータイムを満喫するのであった。
(しかも跡部はやけにご機嫌で)
2002年12月6日