083:雨垂れ
「そっちいたら濡れるで、。もっとこっち来ぃや」
忍足の声には軒先からテクテクと5歩下がった。
放課後の昇降口にも今は賑わいはなく、いるのは忍足との二人だけ。
近づいてきたを忍足はいい子いい子と頭を撫でて。
その顔はとても嬉しそうに、幸せそうに、大切なものを見守るように。
優しい瞳で、笑みを浮かべていた。
「もうすぐ跡部が迎えに来てくれる言うてたから、もうちょっとの辛抱やで」
ポケットの携帯電話で連絡をしたら、丁度帰宅途中だった相手は不機嫌そうに電話に出て、そしてすぐさま引き返すと言って電話を切った。
道が混んでいなければ跡部家のハイヤーだ。15分もあれば着くだろう。
それまでの相手をするのは忍足の役目。
義務や責任などではなく、ただ、そうしたいから。
クイクイッと袖を引かれて忍足は下へと顔を向けた。
自分よりも20センチ以上小さな、可愛らしい後輩へと。
「・・・・・・侑士先輩は・・・?」
「? ・・・ああ、俺か。俺は傘もあるさかい、ちゃんと帰れるからは何も心配せんでええよ」
「・・・・・・・・・でも」
幼いながらも整った美貌に見つめられて、忍足が困ったように頬をかく。
自慢の黒髪は、雨の湿り気を帯びてしっとりとしていて。
その髪に軽いキスを送る。
これくらいはええやろ、何て心の中で言い訳をしながら。
「・・・・・・侑士先輩も、一緒に帰ろ・・・」
言われた言葉に忍足は目を丸くして、そして今度は声を出して苦笑した。
「出来へんよ、それは。ちゅうか跡部が許さんやろ」
跡部が引き返してくるのは、傘のないのため。
決して忍足のことを気にかけているなどということは、万に一つもないだろう。
忍足はここ数年のつき合いでそれがよく判っていたし、跡部も忍足がよく判っていることを判っていた。
変に暗黙の了解が成されている仲なのである。
けれどそんな忍足にもめげずに、はフルフルと首を振って。
「一緒に、帰ろ」
小さな声で、でもハッキリと言った。
ギュッと握り締めた手は離さずに、まっすぐに忍足を見上げて。
・・・・・・・・・まったく、敵わんなぁ、と忍足が折れたのはわりとすぐのことだった。
校門のところに停まった車を見て、忍足は持っていた折り畳み傘を開いた。
未だ制服の袖を掴んだままのを、そっと抱き寄せて。
雨降りの道を二人して歩いていく。
不機嫌な跡部を雨粒の向こうに見ながら、きっと自分は跡部の車に乗ることが出来るんやろうなぁ、と考えたりして。
もちろんその考えは違えることなく。
数分後、跡部は可愛い後輩の願いを聞き入れるのであった。
2002年12月7日