074:合法ドラッグ
ねぇ、君が欲しいよ。
窓から校庭を眺めていたは整った眉をハッキリとしかめて振り返った。
セピア色の髪を揺らせて。
「・・・・・・・・・イキナリ何言うとるんですか、あんさんは」
「そのままの意味だよ。――――――――僕は、が、欲しい」
一言ずつ切って言った言葉にはやっぱり眉を顰めて。
そんな相手の様子に僕は少しだけ笑って席を立った。
放課後の教室。部活もないテスト週間にわざわざ遅くまで残っている生徒はいない。
そんな中、1年2組の教室に僕たちはいた。
「・・・・・・その瞳に、僕だけを映して欲しい」
ゆっくりと窓際へ近づいて。
「そのセピア色の髪に触れることが出来るのは、僕だけにして欲しい」
は、目を逸らさない。
僕は口元だけで微笑んで。
「その関西弁で話す甘い声も、僕だけに聞かせて欲しい」
目の前に立って。
窓から入る夕日を浴びてが紅に染まる。
綺麗だと、思った。
「笑った顔も、怒った顔も、泣きそうな顔も、何かを耐えているような顔も、全部僕だけのものにさせて欲しい」
そっと伸ばした手が頬に触れて。
ゆるぅりと慈しむように撫でて、離れた。
・・・・・・・・・ほのかな熱。
まっすぐに自分を見上げて視線を逸らさないに、僕は微笑んだ。
「これが、恋なんだね。初めて知ったよ」
嬉しくて、切なくて。
「―――――――――――好きだよ、」
出来るだけ優しく触れているからか、は抵抗することもなく僕の好きにさせてくれていた。
特有のセピア色の髪を梳いて、ラケットを握る小さな手を握って。
標準よりも薄い肩に手を置いて、日に焼けることのない白い頬を撫でて。
幸せだと、思った。
抱きしめても逃げようとしなかった彼を、愛しく思った。
「・・・・・・・・・君が、僕のものになってくれたらいいのに」
首筋に顔を埋めて呟いた言葉は、くぐもって音に変わり。
「・・・・・・・・・それは、出来へん」
抱きしめられたままのは正方形のロジックの並ぶ天井を見上げながら。
返す答えも小さな声で。
「―――――――――――彼が、いるから?」
言った僕自身も驚くような冷たい響きを持った声には一瞬身を固くし、僕ハッとしたように目を見開いた。
だけど、きつく抱きしめる。
誰にも、渡さないように。
「・・・・・・痛い、不二先輩」
「答えて」
意識してはいないのに、声はどんどん鋭くなっていって。
これじゃあを怖がらせるだけなのに。
それなのに止まらない。
醜い、嫉妬。
「―――――――――――答え、て」
泣きたい。
乱暴に教室を飛び出して。
人のいない廊下を走って。
僕は逃げた。
好きだという気持ちに何ら嘘はないのに。
走りついた先は一番慣れ親しんだ場所なのか、テニス部の部室だった。
部活がないから当然のように鍵がかかっていて。
ノブを捻って気づいた事実に、扉にもたれるようにその場に座り込む。
切れた息を直すように、深く深呼吸をして。
「・・・・・・・・・鞄、置いてきちゃったな・・・」
手持ち無沙汰な両手を見て、思わず苦笑を浮かべる。
だけど、それもすぐに歪んでしまって。
チラつく、の顔。
「・・・・・・・・・あんな顔させたかったわけじゃなかったのに」
セピア色だけが意識全てを支配して。
消えない、想い。
「・・・・・・あんなこと言うつもりじゃなかったのに」
僕はが好きで。
は他に好きな人がいて。
それは、僕ではなくて。
全てを知っていたから、笑って応援しようと思っていたのに。
せめて『頑張ってね』くらい言おうと思っていたのに。
言えると、思っていたのに。
―――――――――――言えなかった。
これが恋なら世界中の恋する人は何て強いんだろう。
僕はきっと、強くなんてなれない。
もう、彼の前では笑えない。
好きなだけじゃどうしようもないんだってこと。
初めて、知ったよ。
2002年12月19日