072:喫水線





恋のキューピッドは矢で相手のハートを射るって言うけど、俺のハートは君の拳銃で撃ちぬかれてしまいました。



「とまれ! とまらないと撃つぞ!」
――――――うぎゃあっ!
後ろからかけられた声に俺はビクッと足を止めた。と、止まらないと撃つって・・・にゃ、にゃんで?
俺、何かした? っていうか何で撃つの? ピストルとか持ってんの!?
えええええええええ! それはナシでしょ! っていうか何でピストル!? 何で俺!?
そんなことを考えながらも「とまれ」と言われて動けない俺の隣を誰かが猛スピードで駆け抜けていった。
それはもう、手塚が見たら「グラウンド20周!」とか言いそうなスピードで。
あれって、スカート? ってことは女の子!? 女の子であのスピード!? めっちゃ速いんですけど!
「3・2・1・・・・・・」
な、なななななななななな何のカウントダウン!?
っていうか誰!? さっきの女の子じゃないじゃん! 俺の後ろから聞こえるし! でも動いたら撃たれるし!!



「バァンッ!」



動かなくても撃たれた・・・・・・・・・。
そして俺の前を走っていった女の子がゆっくりとスローモーションみたいに崩れ落ちる。
・・・・・・・・・・・え?
お、俺じゃなくて?
俺じゃなくてあの子が撃たれたの!? ま、マジで!?



「・・・・・・・・・」
床に崩れ落ちた女の子が誰かの名前を呼ぶ。
その声に応えるように、俺の隣を小走りで走っていく女の子。
さっきのショートの子とは違って、今度はセミロングくらいの髪の長さの。
その子(ちゃん?)は床に倒れている女の子を助け起こすと、自分の腕の中に抱え込んだ。
「死なないでっ! 一緒に・・・っ・・・一緒に生きようって約束したじゃないっ・・・」
「・・・・・・・・・」
今にも泣きそうな顔でちゃんが女の子を抱きしめる。
あ、この二人新入生だし。新しい制服の胸にお祝いの紙で出来たお花をつけてる。
新入生ってこの時間はHRじゃなかったっけ・・・?たしか、入学式の手伝いのときに不二が言ってたような。
つーかちゃん? その子は君が殺しちゃったんじゃないの?
・・・・・・私は、もう、ダメ・・・。一人で生きて・・・」
「何言ってるの!? やだっ・・・そんなのやだぁ・・・っ」
「・・・ここをまっすぐ行った階段を上って・・・・・・5階の、一番、奥の部屋。そこに行けば・・・・・・助かる、から」
まっすぐ行った階段を上って、5階の一番奥の部屋。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一年二組の教室じゃん。
「いやよ! 一緒に行くんだから!」
「・・・私は・・・もう、無理だから。置いていって・・・」
「・・・・・・やぁっ・・・」
が、私の分まで・・・・・・・・・生き、て」
「・・・っ」
泣きそうな顔でちゃんが女の子を抱きしめる。
うわ、ちょっと、泣きそうかも。ちゃんがじゃなくて、俺が。
だってこんなシーン、見たことなかったし。ましてやこんな間近で、こんな感動的に。
本当に泣きそうで、鼻の奥がツーンと痛くて。
ちゃんが女の子を一層強く抱きしめた。
あぁもうダメ。俺、泣く。



「お〜い! そこの二人! いい加減に来ないとHR始めるぞ〜!」
廊下の先の方から声がして、ちゃんと女の子が顔を上げた。
つられて俺も顔を上げると、そこには新しく一年二組の担任になった理科の男の先生がいて。
「バトロワごっこもいいけどHRに遅刻するなよ〜。寝てて教室の場所を聞いてなかったが悪いんだからな?」
「だって先生、都議会議員の方の話が長すぎですよー」
「まぁそう言うな。寄付もたくさん貰ってんだから」
「寄付と話の長さが比例してるならいいんですけど」
そう言ってちゃんが笑う。抱きしめていたショートの子を放すと、立ち上がるように手を貸して。
あ、このショートの子、にゃんかめちゃくちゃカッコイイかも。つーか女の子なのに美少年みたい。
でもってちゃんは可愛い。肩にかかるかかからないかの髪で、目が大きくて、結構可愛い。
「でも、最初は警察官ごっこだったのにいつの間にかバトロワになってたし」
「だって中学生になったら一度はやってみたかったんだ。楽しかったでしょ?」
「まぁね。今度はみんなでやる?」
「クラス単位で? 声かけてみよっか」
そんなことを笑いながら話すちゃんと女の子。
俺はそんな二人をボーっと見送って。
階段のところで待っていた教師のところまでたどり着くと、二人は何やら教師に言われてこっちを振り返った。
ちゃんの黒い瞳が、こっちを見て。
目が、合って。
心臓が音を立てる。
ゆっくりと腕が持ち上げられて。
細い指が形作って。
まっすぐに、俺へと向けられて。
ちゃんが、笑う。



「バァンッ!」



俺の心臓は撃ちぬかれた。



笑い声と一緒に三人の階段を上がっていく音が聞こえて。でも俺は動けなくって。
心臓が、ドクドクいってる。本当に、穴が開いてるかもしれない。
それくらい、すごく速い。すごく、すごく、熱い。
「―――――――英二? どうしたの?」
廊下の先から歩いてきた不二に声をかけられて、でもどうしよ、声が出ない。
どうしよう。
どうしよう。
心臓が、ドキドキしてる。



「不二ぃ・・・・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・俺、死んじゃったかも」



そう言った俺を不二は不思議そうに見てきて、でも俺は納得してた。
あぁそうだ、俺、死んじゃったよ。
ちゃんのピストルで撃たれて、心臓に穴開いちゃった。
だって、こんなにドキドキしてる。
全身が、熱い。



恋のキューピッドは矢で相手のハートを射るって言うけど、俺のハートは君の拳銃と笑顔で撃ちぬかれてしまいました。





2003年1月25日