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063:でんせん
「―――――――――いい目をしてるな」
その一言で俺はサングラスをかけ始めた。
あの人に褒められた目を、浅はかに晒さないように。
「アキノ! 花園学園の奴に襲われたってホント!?」
千石さんの声にコートにいた俺たちテニス部員は全員が全員勢いよく顔を上げた。
視線の先にはコートの金網にへばりついている一つ上の先輩、二年生エースの千石清純さんがいて。
その人の向こうには黒髪の持ち主が見えた。
シルバーフレームの眼鏡に、まるで彼のためにあつらえたかのように似合う白の学ラン。
『山吹の覇者』―――――――――クドウアキノ
「耳聡いな、キヨ。誰から聞いた?」
「跡部君だよ! アキノが今日氷帝に行くって聞いたからさ、心配になって跡部君に電話したら何か変な様子だったし! 口割らせたらアキノが襲われたって言うじゃん! 大丈夫なの!?」
「俺は平気。殴り飛ばしてきたから」
「・・・・・・・・・アキノ、今日は花園学園に謝罪に行ったんじゃなかったっけ? ホラ、この前の亜久津の件で」
「だからって『ホテルに付き合えば許してやってもいいぜ?』とか言われて黙って付き合えるか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなこと、言われたの」
「実際に脱がされかけたしな。学ランだけだけど」
「ふぅん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう」
コートが一気に冷え込んだ。それはもうシベリア寒気団も真っ青なくらいに。
今はまだ夏のはずなのにな・・・。うん、でもまぁ仕方ないか。・・・・・・・・・・・・・・・・・こんなこと、聞かされたらね。
見れば俺以外の部員たちも同じように密やかな笑みを漏らしていて。
もちろんその属性は笑いなんてものじゃない。むしろ冷ややかに、嘲笑うかのように。
花園学園はこの瞬間、俺たち組織『山吹』の敵と化した。
クドウさんは金網越しに小さく笑うと、その黒髪かるく払って。
「まぁ今回のことは丁度いい。新『氷帝の帝王』である跡部景吾の処理能力もどの程度か見定められるし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺は、よくない」
千石さんが暗く呟くのにもクドウさんは穏やかに笑う。
「跡部が収められなかったら俺が出る。そのときはついてくればいいさ」
「そのときは俺も行くからな、クドウ」
南さんまでそう言い切った。その目はかなり真剣で、同時にかなり怒っているように見える。
・・・・・・・・・めずらしい。滅多に怒ったりなんかしない人なのに。
「何人でも来ればいい。ま、ぶちのめすのは俺一人でやるけど」
「何でさー。ちょっとは俺たちにも回してよ」
「おまえらに回したら『ちょっと』じゃ済まないだろうが。殲滅するのはあいつらが完全に敵に回ったときでいい」
「そのときは好き放題やらしてくれる?」
「あぁ、許可する」
クドウさんがそう言うと千石さんは満足そうに笑って、南さんも息を吐いて肩を下ろした。
三年生の先輩方なんか「討ち入りだ! 久しぶりだぜ!!」とか言って騒いでるし、二年生の先輩方は「・・・本気で潰せ」とか言ってラケットを握り締めているし。
俺たち一年生はよく判らず、それでも真剣な顔で話を聞いている。
山吹の覇者・クドウアキノさんの力に、少しでもなるために。
「―――――――――――何を考えてる? 室町」
かけられた声にハッと我に返って視線を上げると、クドウさんが穏やかに笑って俺を見ていた。
一年前よりも大人びた綺麗な顔。変わらない理知的な瞳。
この人は相変わらず、『山吹の覇者』のまま。
「・・・・・・いえ、昔のことを少し思い出してました」
「ふぅん?」
「・・・・・・・・・クドウさんが、俺の目を見て『いい目をしてる』って言ってくれたこととか」
「あぁ、それは俺も覚えてる」
『それは』じゃなくて『それも』だろうに。クドウさんの記憶能力は俺なんか足元にも及ばないほどスゴイものだから。
「あの頃からグラサンかけ始めたんだったよな」
「えぇ。クドウさんに褒められた目を他の奴に見せるのがもったいなくて」
「何だよ、それ」
苦笑交じりで笑うクドウさんに俺はかけていたサングラスを外して。
グレー一色だった世界が見る間に色鮮やかに変わって。
その中心に、貴方がいる。
「クドウさん以外の奴に見せたくないってことですよ」
意識して、それでも無意識に笑ってみたらクドウさんも笑ってくれた。
俺の、好きな笑顔で。
このサングラスは貴方への忠誠の証。
2003年2月12日