060:轍
そのとき僕は小学校4年生で。
レギュラーにはなれずベンチで見ていることしか出来なかった。
だからこそ覚えている。
――――――――――――――――彼の、一瞬の涙を。
あの試合も僕はスタメンに入れず、ベンチでただひたすら見てるだけだった。
僕ならもっと鋭いパスを出せるのに。
僕ならもっと味方を活かす動きを出来るのに。
そう思いながら見ていた。
川崎ロッサの中盤を任されている郭英士と、李潤慶を。
負けたくないと、思いながら。
繰り広げされる正確なパス。
相手を翻弄する自由自在なパス。
それはどんなときも変わらないものだと思っていたのに。
その試合だけは、違った。
彼ら二人は、サッカーさえ出来なかった。
紺色のユニフォーム
黄色のライン
僕よりも少し大きいくらいの体
彼は間違いなく中盤を支配していた。
郭も、李君も、ボールにさえ触れることが出来なくて
彼らの動きは封じられた
たった一人の選手によって
ロッサの中盤は殺された。
そのときの衝撃といったらない。
僕のライバル視していた郭が、目の前で押さえ込まれている。
それも、僕と変わらないような体格の選手に。
あの、郭が。
――――――――――許せないと思った。
一方的にやられているだけの郭も
焦ってフォーメーションを崩す李君も
バランスを失ったメンバー全員も
あの、相手選手も
全員が全員、僕の心に火をつけた。
情けないと思ったし、当然だとも思った。
だからこそ許せなかった。
僕らの得たフリーキックを止められなかった、相手キーパーが。
あんな一点。
やる必要なんてなかった。
僕らが勝って良いわけなかったんだ。
だって、敗者は間違いなく僕らだったんだから。
―――――――――情けないと、思った。
郭も、李君も、ロッサメンバーも、相手選手たちも
僕さえもすべて
世界を覆されたんだ。
――――――――――それから4年の年を経て、僕は再び郭と同チームになった。
まだ郭の視界に入っているわけではないけれど、意識されていないわけじゃない。
これからが勝負。僕をサッカー選手と認めさせるためには。
今からが勝負。
そんなときに、彼と再会した。
グラウンドに立った彼は、記憶の中にある彼とは別人のようだった。
雰囲気や容姿なんてろくに覚えていないけれど。
プレーを見れば一目で判ると思っていた。
―――――――――――けれど。
あの華やかなプレーはどうだろうか。
あの騙すようなパスはなんだろうか。
あの潰すような圧力はなぜだろうか。
すべてが変わりきっていた。
あの日見た、一瞬の顔意外にすべて。
カザ君が必死な声で駆け寄って、そして振り向いた彼。
いつか認めてくれると言った、あの姿。
泣きそうに歪んでいた顔は、あの時と少しも変わっていなかった。
―――――――――――ねぇ、どうして
世界は、暗転する。
そして今、彼は再び僕の目の前にいる。
隣に、並び立つ友を連れて。
「じゃあね、。また後で」
「あぁ。またな潤慶」
交わされた言葉に感じる焦燥。
見せられた笑顔に握る手の平。
親しげな雰囲気に動揺する心。
あのときに感じた悔しさを、今再び思い出した。
一人になった彼は、まっすぐに僕らを見据えていた。
着ているジャージは僕らと同じもので。
それは間違いなく、同チームの証。
「―――――――よろしく」
そのとき僕は、初めて彼の笑顔を見たんだ。
出会ってから7年。
ようやく僕らは同じユニフォームを着ることになる。
2003年2月20日