058:風切羽
「あっ、すんません」
ぶつかった相手に忍足は振り向いて謝った。
そして返されたのは自分よりも高い位置からの冷たい瞳で。
「・・・・・・いや、別に」
低く腰にくる声はそこにいた全員の思考能力をすべて奪ってしまった。
180センチはあろうかという身長。
全体的に細身だがひ弱な感じは全然しなく、むしろ鍛え上げられたような感じの体。
さらりとした髪は無加工の黒一色で、同色の瞳とあいまってとても綺麗に映える。
足も手も長くバランスの取れた体に小さな顔。
そしてその顔は雑誌やブラウン管の中の男性よりも綺麗で美しく、それでいて男性的で。
大人な男。
それも最高に完成された男だった。
「・・・・・・すっげぇ・・・」
向日の口から零れ落ちた言葉に誰もが返事を返せず、けれど心の中では頷いていた。
テニス会場にはあまりそぐわないファッショナブルな服を着た後ろ姿が小さくなっていく。
彼が足を進めるたびに周りにいる人が一人残らず振り返って。
男は思わず憧れを抱いて、女は素直に頬を染める。
だけど彼は歩みを止めずに歩き続け、ついには向日たちから見えなくなっていった。
それを機に、一斉に騒ぎ出す。
「すげえっ! 何今の人! めちゃくちゃカッコよかったじゃん!!」
「あんなカッコイイ人、初めて見ました・・・・・・」
「『男の人』って感じでカッコE―――ッ!!」
興奮して騒ぎ立てる向日、深く感嘆のため息をつく鳳、ハイテンションで黄色い声を上げるジロー。
「着てる服はアルマーニだったな。相場で7万は軽くするジャケットスーツだ」
「化粧はしてへんかったで。んであの肌のキメ細かさなん?羨ましいわぁ」
「背も高かったし声も低かったし、年は20代だろうな」
「ウス」
顎に手を当てて見定める跡部、自分の手と見比べて羨ましがる忍足、考えながら呟く宍戸、そして頷く樺地。
全員の思考はたった今出会った人物にすべて奪われて、もはやそれしか考えられない状態。
「誰の知り合い!? つーかここにいるんだから誰かの応援だろ!?」
「監督やコーチっていうことはなさそうですね。あの人が監督ならそれなりに目立ってるでしょうし」
「あぁもうサイコー! あんなカッコイイ人、俺初めて見た!!」
「顧問じゃねぇな。誰かの関係者だろ」
「せやかてあの人の兄弟ならソイツもかなりカッコええはずやで? でもそんな奴おらへんやん」
「兄弟とは限らないだろ。友達とか、教え子とか」
「ウス」
全員が興奮しながら話していると遠くから日吉が駆けてくるのが見えて。
「先輩方、青学の試合やってるコートが判りました」
その言葉にやっと自分たちの目的を思い出してそちらへと足を向ける。
頭の中はいまださっき出会った人物のことを考えていて。
氷帝正レギュラー陣はいまや骨抜き状態だった。
また会いたいなぁ、なんて考えて。
そしてその時はわりとすぐにやって来る。
「うるせぇバカ周助! 俺に見とれるのは止めて試合に集中しやがれ!!」
コート中に響いた低く、それでいて甘い声。
誰もがその声に体を熱くして、そして言われた内容に唖然とする。
今のはどう考えても最高級な美青年の使うべき言葉じゃない、なんて思いながら。
「さん、それは無理な話だよ」
「じゃあテメェがさっさと負けろ。そうすれば俺のこともじっくり見られるぜ? ただ負けた分はペナルティーだけどな」
「一週間出入り禁止?」
「甘いな。一ヶ月だ」
ハッキリキッパリと言われた言葉にさすがの不二も顔色を変えて、コートの対戦相手へと真剣な眼差しを向けた。
それに納得したのか青年はギャラリーへと腰を下ろしゲームの行方を見守る。
そこにいる全員の視線を集めていることなど全くお構いナシに頬杖をつきながら。
「・・・・・・・・・不二の知り合いなんか・・・」
忍足の呟いた声に思わず全員が顔を歪めて視線を険しくする。
何となく、イヤだ。何となくではなくかなりハッキリ嫌だ。
あの人が不二周助と親しいだなんて全くもって不愉快だ。
氷帝メンバーは各々の顔にそう書きながら青年を見やる。
「・・・・・・それにしても・・・・・・何か、ものすごい言葉遣いでしたね・・・」
先ほど投げかけられた言葉を思い出して鳳が呟く。
その声は相変わらず腰にくるセクシーなものだったのだけれど、使われていた言葉はお世辞にも上品とは言えなくて。
本気で驚いた。
青年の完璧に整った外見からは想像できないほどの言葉遣いに。
「別にいーんじゃない? 俺、あの人なら何言われてもヘーキ!」
「俺も俺も! っていうかキツイ言葉もあの人なら絶対似合うし!」
「カッコEーよ!」
「カッコイイ! カッコイイ!」
二人して騒ぐジローと向日に誰もが同じことを考えながら心の中で頷く。
「跡部や監督以上の男がいるなんて思ってなかったな・・・・・・」
「うるせーぞ、宍戸」
「だっておまえもそう思うだろ? あんな完璧な男なんか世界中捜したってそうはいないぜ?」
「それくらい知ってる。ただ不二の知り合いっつーのが気にいらねぇけどな」
視線は青年から動かさずに会話を続ける宍戸と跡部。
樺地は青年を見ながらもマッチポイントを迎えたコートの方も視界に入れていて。
あと1ポイント。
不二の鋭いサーブが決まって彼の勝ちが宣言された。
パッと客席を振り向いて不二は年齢に見合った幼い満面の笑顔を浮かべる。
そしてその場にいた誰もが見た。
かの青年が、満足そうにその整いすぎた顔で綺麗に笑ったのを。
その後しばらくそのコートが使い物にならなかったのは言うまでもない。
2003年1月12日