054:子馬





「・・・・・・小さい司馬がいる・・・・・・」
部活帰り、道を歩いていた猿野天国は呟いた。



天国の声が聞こえたのか、前を行く小さな影が振り向いた。
その顔を見て天国は思わず小さく笑う。
これはまさに同じ野球部のセカンド・司馬葵のミニチュアだ、と思って。
空色の髪、フレームのついたサングラス、耳元にあるヘッドフォン。
これで天国が見上げるくらい身長が高ければ、この少年は紛れもなく司馬葵なのだが。
如何せん、今ここにいるのはランドセルを背負ったちびっ子であった。



世の中に似た人は三人いると言うが、とりあえず一番高い可能性は。
「・・・・・・オマエ、司馬葵の弟か?」
天国の問いにミニ司馬は驚いたように反応して、小さく頷いた。
そんな仕草までそっくりだなー、なんて内心で思いながらテクテクと近づいて。
「俺は猿野天国。オマエの兄ちゃんと同じ十二支高校野球部員」
コクン、と頷くミニ司馬。
それに天国は「お?」と目を見張って。
「何? オマエ、司馬から俺のこと聞いてんの?」
・・・・・・コクン。
「何て言ってた?」
天国に聞かれミニ司馬は口を開き、そして困ったようにまた口を閉じて。
それを見て天国は楽しそうに笑う。
「うるさくてバカ騒ぎが好きで野球がヘタな、どうしようもない奴だって言ってただろ?」
どこか笑うように言う天国にミニ司馬は勢いよく顔を上げた。
20センチ近く背の高い天国を見上げて、フルフルと必死で首を振って。
「・・・・・・違うのか?」
・・・・・・コクン。
「ふぅん」
含むような言い方で笑う天国を見上げてミニ司馬は息を呑んだ。
明るく笑っていた天国が、今は鋭く目を細めて。
艶美に、笑う。
――――――一瞬の変わりよう。
それは何よりも鋭敏で、そして何よりも美しかった。
いきなり変わった相手の雰囲気にミニ司馬は戸惑いを隠せなくて。
そんな様子に天国は優美に唇を吊り上げて笑う。



「アイツ、俺のことが好きだって言ってただろ」



疑問調でさえなく、自信満々に言われて。
でもそれがどこも不自然ではなくて。
ミニ司馬は思わず頷いてしまった。



「!」
ハッと我に返ったミニ司馬は慌ててフルフルと首を振る。
自分の兄は『天国のことが好き』とハッキリ言葉にしたわけではない。
だけど滅多に友人のことを話したりしない兄が自ら進んで話していた。
――――――――――――『猿野天国』
彼の話をするときの兄はとても穏やかな顔をしていて。
弟の自分にでも判ったのだ。
兄は『猿野天国』のことが好きだ、と。



自分が不用意に告げてしまった事実にミニ司馬は何度も何度も首を振って。
これは自分が彼に伝えていいことではないのに。
兄に申し訳ないと思う気持ちから、髪が乱れるまで繰り返し首を振る。
天国はそんなミニ司馬に微笑した。
「ヘーキだって。俺はもうとっくに司馬の気持ちを知ってたんだから、オマエが気にすることじゃねーよ」
「・・・・・・」
「だからいいって言ってんだろ」
苦笑しながら言われ、ミニ司馬は肩を落とした。
だけど不意に疑問が浮かんで。
揺れる瞳で天国を見上げる。
その瞳が雄弁に語る質問に、天国は当然のように答えて。
「何で俺が司馬の気持ちを知ってるのに何も言わないのかって?」
・・・・・・コクコク。
「だってそれは司馬が自分で俺に言わなきゃいけないことだろ? 俺は待ってんの。アイツが『好きだ』って言って来るのをな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ということは。



彼もまた、兄と同じ気持ちで。



うっすらと頬を紅く染めるミニ司馬に天国はニッコリと綺麗に微笑んで、少しだけ背を屈める。
「司馬には、内緒だぜ?」
そう言って、ミニ司馬の小さな唇にそっと自分の唇を重ねた。



リンゴのように真っ赤な顔をして息を切らせて帰ってきた弟に、司馬は「?」と首をかしげた。
小さな芽が育っているのを、まだ彼らは知らない。
張本人の幼い少年も、その成長した証のような青年も。



全てを知っている天国はとても綺麗に笑うのであった。





2002年12月11日