052:真昼の月
夏の大会が終わり、先輩方が引退して
俺は手塚部長から部長の座を譲り受けた
そしてすぐ、秋の新人戦が始まる
――――――個人戦だ
「桃がんばれよー! 応援してるからにゃ!」
「うぃっす! 任せて下さいよ、英二先輩!」
引退した先輩方もそろって見に来てくれて
都大会、新人戦
この大会で上位に入れればその選手は全国へ行ける
今、青学で勝ち残っているのは俺と海堂、そして越前
俺たちが上位を占めてやる
そしてもう一度全国へ行くんだ
「今日の桃の相手って誰?」
不二先輩の言葉に、視界の端で白い帽子が揺れた
思わずそらした視線が海堂とぶつかって
お互い、気まずさに目をそらす
そんなときコートが揺れた
「・・・・・・・・・来た・・・」
越前の声が、いつも通りに聞こえない
俺の思い込みだと思いたいけど
歓声で揺れるギャラリー
灰色のジャージで囲まれたコート
そんな中でただ一人、歩いてくる姿
黒の帽子の下で長めの髪が風を受けてそよぐ
氷帝学園一年
越前
ベンチに一番近い観客席に制服姿の集団が見える
その中でも一際目立つ男
言わずと知れた氷帝学園の前部長
そいつの前で、越前は柔らかな雰囲気を醸し出す
越前と同じ顔で
越前とは違う空気で
そいつは、笑う
「・・・・・・・・・越前、何かアドバイスとかないのかよ?」
冗談交じりで言った言葉
本当は、八割方本気で言って
勝てるか判らない
勝ちたいとは思うけれど
勝てるか判らない
「・・・・・・桃先輩は、俺に勝てます?」
「・・・さぁな」
全力でやればどうなるかは判らねぇけど、勝てるという保障はない
どっちかって言や危ないくらいだ
「俺に勝てなきゃ、には勝てない」
ハッキリと越前は言う
「に勝てなきゃ、俺には勝てない」
まっすぐに、コートだけを見つめて
そういや初めてだな、こいつがここにいるのは
ここにいて越前の試合を見るのは
風が吹いて帽子を揺らす
「・・・・・・そういうことっス」
審判の声が響いた
呼ばれてコートに向かう中
歓声が湧き上がる
夏に聞いた、忘れがたいエール
「勝つのは氷帝!」
「負けるの青学!」
「勝つのは氷帝!」
「負けるの青学!」
すべての声を受けて歩く、小さな体
「勝者は!」
「敗者は桃城!」
「勝者は!」
「敗者は桃城!」
デジャヴのような感覚に陥って
コートの中の存在がゆっくりとラケットを持ち上げる
まっすぐにこっちへ向けて
「勝者は―――・・・・・・!」
紅いピアスが煌めいて光った
「―――――――――――俺だよ」
越前が笑う
さっきとは比べ物にならないほどの歓声がコートを覆った
それこそ、跡部さんのときと同等
いや、それ以上に
越前の名が声高らかに叫ばれる
そんな中で、少しだけ笑う
その姿にさらに声が大きくなる
越前は笑う
凄絶なくらい綺麗な顔で
越前にはできない顔で
ただ、笑う
「氷帝・越前VS青学・桃城! 越前トゥサーブ!」
かけられたコール
ポーンポーンとつくボール
左手に握られたラケット
黒の帽子
灰色のジャージ
少しだけ違って、後は全部そっくりだ
越前と、越前は
強豪で有名な氷帝の中でも、特に有名な応援の声
それは部の中で一番強い者だけに贈られるのだと、いつか乾先輩に聞いた覚えがある
ならば今の氷帝で一番強いのは間違いなくコイツ
越前
テクニック勝負じゃ分が悪い
無理やりにでもパワー勝負に持ち込んでやる
俺はそう思ってサーブを打ち返した
観客席に、泣きそうな顔でラケットを握り締めている越前が見えた
2003年1月30日