049:龍の牙
「――――――跡部」
凛とした声がテニスコートに響いた。
その声に呼ばれた本人も、腕を掴まれていた少女も、少し離れて立っていた大柄な少年も動きを止めて。
無意識のうちに働く制圧。
白い学ランを着た少年が一歩コートへと踏み出した。
「そこまでにしておけ。でないと統治者の半分を敵に回すことになるぞ」
静かに言い放った声に、跡部景吾は掴んでいた少女の腕を離した。
白い学ランに眼鏡をかけた少年と、千鳥格子のズボンにネクタイを緩めた少年が微妙な間隔を開けて互いを見やる。
少年は視線だけで跡部の近くにいる少女に微笑んで。
「・・・橘杏さん、この場は俺に任せて頂いてもよろしいでしょうか?」
名乗ってもいないのに名前を呼ばれて少女が驚いたように目を見開く。
そんな相手に少年は唇の端を少しだけ上げて微笑んだ。
「俺の名前は。貴女のお兄さんである橘桔平と同じく、都内統治者の一人です」
「・・・・・・っ」
小さく息を呑む音がして。
「・・・あなたが、『山吹の覇者』・・・・・・?」
「ええ。その称号を得ています」
ニコリと少女へ笑顔を向けてから、は跡部へと向き直った。
その表情は冷たく無表情なもので。
跡部が小さく舌打ちをする。
「・・・・・・、ここはテメェの縄張りじゃねぇだろうが」
「あぁ違うね。今日は友人に誘われてテニスでもしようかと思って来たんだが、まさか跡部に会えるとは思ってもいなかったな」
チラッと視線を動かせばの後ろにはオレンジ色の髪をした、跡部も見知った少年がいて。
ギロリと睨まれて千石清純は困ったように肩をすくめた。
「まさか『氷帝の帝王』が自身も身も省みず、不動峰の女子に手を出すだなんてね」
癖のない黒髪を微かに揺らせて。
「・・・・・・・・・驚いたな」
は笑う。
「――――――仕事の話をしようか」
明朗に響いた声に、の背中に守られるように位置を移動させられた少女は思わず聞き入ってしまった。
「『統治者間条令第17条・他の統治される場所における迷惑行為の禁止』」
静やかな目で跡部を見つめて。
「・・・・・・まさか、おまえがコレを知らないわけはないよな?」
頷くことも出来ずに跡部は黙る。
その様子に千石は自業自得だよね、なんて心の中で思ったりして。
けれど決して跡部の弁護をしようとは思わない。
自分は『山吹の覇者』の下にいる人間なのだから。
の言うことは限りなく絶対。
「ここは『青学の三強』の管理下にある場所だ。よってこの件に介入してくる人間は三人。『青学の三強』と、彼女の所属する不動峰の長『不動峰のキング』、そしてオマエ、『氷帝の帝王』」
この場を紛れもなく支配して、は話す。
「『青学の三強』は常に冷静な判断を下す。この件に関しては前例も証人も十分のようだし、彼女の意見が信頼されるだろうな。・・・オマエの発言よりも」
間を取って、相手の反応を待って、優位にことを進めるために。
は悠然と微笑んで。
「たとえ統治者とて裁判にかけられれば普通の生徒と同じ扱いだ。これが何を意味するか判るな?」
ニッコリと、笑って。
「『氷帝の帝王』の称号を失うのか、二度と彼女へ近づかないか」
「・・・・・・・・・選べ」
ストリートテニスコートから去っていった跡部とその連れを見送って、は少女へと振り返る。
「怪我等はありませんか?」
先ほど跡部へと向けていた冷たい顔ではなく、穏やかに微笑んで。
少女は知らず顔を紅くする。
「だ、大丈夫です! 本当にありがとうございました!」
「いえ、これも俺の仕事ですから」
「は基本的に女の子に優しいしねー。君ラッキーだよ、が来てくれて」
「俺をここに連れてきたのはキヨだろ」
「じゃあ俺が彼女の危機を察知して!? スゴイ! まるで正義の味方!」
「バカ」
小さく笑うに、少女も頬を染めながらも笑みを漏らして。
こうして本日のお仕事も一つ終了。
後日やはり起こった『不動峰のキング』と『氷帝の帝王』の諍いに『山吹の覇者』はため息をつきながらも参加して、喧嘩両成敗でどちらも黙らすのであった。
2002年12月8日