048:熱帯魚
最近、天国は冬支度を始めた。
今は平日11時15分。つまり就学中の俺たちは授業を受けているはずの時間なわけで。
だけどそんなものも露知らず、俺と天国は第一校舎の屋上にいた。
空は青くて、風は穏やかで、寝ろと言われてるような気さえするポカポカ陽気。
明け方までパソコンと睨めっこしていたからか、だんだんと睡魔に襲われてくるのを感じながら俺は天国を振り返った。
寝転んだ俺の隣で、本を読む親友。
今日読んでるのは哲学文献。ゲーデルとかファイヤアーベントとか、そういう系。
かけていた眼鏡に太陽の光が反射してキラリと光る。
綺麗だなんて今さら再確認するようなことでもないのに、どうしても認識させられてしまう。
天国は、綺麗だ。
「沢松」
半分以上眠り込んでいた俺は、天国の声に少しだけ意識を浮上させた。
完全には起きていないけれど、話には注意を向けて。
そんな俺の行動を判っている天国はそのまま続けて話し出す。
「俺、可愛いと思うか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
また始まったよ。
「・・・・・・かわいーかわいー」
「やる気がないのが丸判りだな。言葉だけの返事なんていらないっつーの」
「・・・・・・じゃあおまえは俺にどうしろと?」
うっすらと目を開けるが太陽光線が眩しくてすぐに目を閉じた。
「このガタイじゃ“可愛い”とは見えねーしな。やっぱり行動でアピールするしかないか」
読んでいた本を閉じて天国が眼鏡を外す。
しおりを挟んでいないところを見るともう読み終わったんだろう。
おまえ、読むの早すぎ。
「スバガキはサイズだけで可愛いし、猪里先輩は雰囲気で可愛いし、鹿目先輩は容姿が可愛いし。だとしたらやっぱり行動しかねぇよな」
「・・・・・・・・・・・・」
「だからって動作をぶりっ子したところでキモいだけだし、表情から作っていくか」
「・・・・・・・・・来週か?」
「おう、そのつもりだ」
何とはなしに答える天国に俺のほうが肩を落として。
最近、天国は冬支度を始めた。
先週のモットーは『王子様』。
常に余裕を持って、女性には常にレディーファースト。穏やかな微笑を絶やさずに。
牛尾さんもかくやという王子様っぷりを天国はこなしてみせた。
そうして同学年&近隣中学の女子に狙われ始める。
今週のモットーは『インテリジェンス』。
部活中以外は眼鏡を外さずに、出席する授業中は真面目に受けて、与えられた難題もすぐに解く。
中間学年トップ(ちなみに期末の学年1・2位は俺たちだ)の辰羅川も驚くほどの秀才ぶりを天国はこなしてみせた。
そうして女の先輩方に襲撃を喰らう。
そんな天国が来週は『可愛い』週間を実施予定。
その心は当然―――――――――――。
「女教師狙いか・・・・・・」
「当然だろ?」
しれっと言う天国はもしかしなくても虎鉄さんより女癖が悪いかもしれない。
昔から相手に困ったことはなかったしな。天国も、俺も。
「図書室と音楽室、それと保健室の合鍵が欲しいんだよ」
「・・・・・・・・・保険医は来春結婚予定だぞ」
「ほどほどにするさ」
コイツ、女の敵だ。
まぁ今さら言ったところで直るくらいなら、とっくに天国は隠居でもしてるんだろうけどよ。
「心配しなくても結婚の邪魔はしねーよ」
天国が言うことには嘘はない。本当にほどほどにするんだろう。
「・・・・・・司書と音楽教師はライバル関係にあるから、片方を落とせばもう片方はすぐに落ちるな」
「なら楽勝だ」
ニヤリと笑みを浮かべて。
「これからの季節、屋上で寝るにも限界だからな。風邪でも引いたらそれこそバカだ」
「だからって他の場所を確保すんじゃねーよ」
「いいだろ、別に。おまえだって一緒に行くんだから」
向けられた指に逆らうことなんて出来ずに、俺は頷いた。
元から逆らう気もなかったけれど。
「頼むぜ? 相棒」
「任せとけって」
二人して笑い合って。
次に授業をサボるときはきっと図書室か音楽室か保健室。
そのためだけのごっこ遊び。
最近、天国は冬支度を始めた。
すべては天国自身のためのもので。
そして、天国にとっては暇つぶし以外の何ものでもなかった。
・・・・・・・・・それにイチイチ振り回される野球部もミナサンは気の毒かもしれねーけど。
ま、頑張って?
俺は天国が手を出すのを止めようとなんて思わないから。
放し飼いの親友はハンターよろしく狙った獲物は逃がさないし?
今日も天国は周囲を巻き込んで遊ぶのだった。
2002年12月20日