044:バレンタイン





「ねぇ、君」
廊下を歩いてる途中にかけられた声に、友達と談笑していた少女は振り返った。
そこには学ランを綺麗に着こなした秀麗な少年が立っていて。
彼はニッコリと微笑んだ。
「先月はチョコありがとう。これ、ほんの気持ちなんだけど良かったら友達とでも食べて」
手に持っていた白とオレンジの小さな紙袋をそっと少女の手に落として。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
真っ赤に顔を染めた少女達に少年は駄目押しのように綺麗に笑って。
「本当にありがとう。――――――それじゃ」
手を振って去っていく少年を真っ赤になったまま少女達は見送って。
「〜〜〜〜〜〜〜ちょっ・・・・・・ちょっと今の・・・・・・っ!!」
「キャ――――――――――ッ!! 嘘っカッコイイ!」
「アンタいつの間に抜け駆けしてたのよっ!!」
「ずるいっ! 私も渡せばよかったぁ!」



「「「「「ホントにカッコイイよね――――――ッ! 君!」」」」」



ルンルン気分で教室に帰るときも向けられる女の子の視線にいちいち笑顔を振り撒いて。
やっぱねぇ、私にはこっちの方が似合ってるよ。
「・・・・・・、オマエやり過ぎじゃねぇの?」
「何を言う、桃。せっかくのバレンタインのお返しだよ? これくらいのサービスは当然だね」
「だからって俺の制服を奪うなよな」
そう、そうなのです。
今日学校へ来た私は教室へと行く前にテニス部の部室へ寄り、桃の制服を奪ったんです。
そのため本日の桃は一日テニス部レギュラージャージ。
ま、私のために犠牲になって?
「ジャージ姿でお返しっていうのも何だしさ。こっちの方が女の子は喜んでくれるしね?」
「オマエ、本当に女には優しいよなぁ」
「そんなことないと思うけど。桃にも優しいじゃん?」
「どこがだっつーの」
笑いながらバカな会話をしたりして。
お返しのために持ってきたクッキーはあと2つ。(ちなみに用意したのは36個だった)
――――――――――――さ・て・と。
「行くぞ、桃」
「・・・・・・・・何だよイキナリ」
「勝負の時間だ」
ザッとカッコつけて立ち上がって。
残りのお返しを手に持って教室を出る。
目指すはただ一つ! 3年6組!
「見てやがれ魔王・・・・・・! 今日こそ打ち勝ってみせるわ!」



意気揚揚と桃を引きずって三年の階に乗り込んで。
目的地に辿り着くと勢い良くドアを開けた。
振り向いた沢山の先輩方の中から目当てを人物だけをレーダーに収めて。
思いっきり、悩殺的に笑う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・この美少年顔、今日だけはフルに活かしてやるわ!
その覚悟はバレンタインデーのときに出来てんだよ!
「――――――周助」
出来るだけ甘く、少し低めの声で名前を呼んで。
お姉さま方が黄色い声を挙げるのを今はちょっと無視させてもらう。
お相手は後でね。今は魔王を倒す時間だから。
席に近づいていくと一緒に話をしていた菊丸先輩がポカンと大口を開けてマヌケな顔をしてて。
魔王はというと・・・・・・・・・・・・・よっしゃ!
目が開眼してる! あと一押し!
持っていた紙袋を机の上へと静かに下ろして。
「周助の気持ち、たしかに受け取ったよ。・・・・・・・・・・・・嬉しかった」
そっと耳元で囁いて。でもクラス中に聞こえるようにな!
色白な頬に手を伸ばして触れさせて、顎を軽く持ち上げる。
・・・・・・・・・・・・・いわゆる、キスの体勢。
うわ、いきなり悲鳴が上がったし! でもどことなくピンク色だし。
後ろで桃の慌ててる気配が伝わってくる。菊丸先輩も石化し始めてるし。
私は、少し申し訳なさそうに目を伏せて。
「・・・・・・・・でも、ごめん。俺は周助とは付き合えない」
うわ! やだ! 私、演劇部に入った方がいいんじゃないの!?
今すぐヒーロー張れるよ! ヒロインじゃなくてヒーローだよ!
「ごめん、周助。・・・・・・・・・本当にごめん」
色素の薄い髪をかき分けて額にそっとキスをした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・捨て身だなー、今日の私。
でも当然さ! バレンタインデーにはこれ以上のことをされたしね!!
ちくしょう許すまじ! 不二周助!!
「英二」
隣で石化していた菊丸先輩に視線を移す。
あ、電源入った? ・・・・・・・・・でもその挙動不審さは何さ。
私が学ラン着てるのがそんなに似合う? わーいありがとう(棒読み)
緩やかに微笑んで、小さく息を吸って。
軽く拳を握って。
「周助の前でこんなことを言うのは悪いと思う。でも・・・・・・・・・俺は、英二が好きなんだ」
唇をきつく結んで、真剣な表情で目の前の相手を見つめて。
「・・・・・・ずっと、ずっと英二のことが好きだった。諦められなかった」
うーわー。後ろの桃が風化してるよ。
魔王も動作が止まってるし。
それにしても菊丸先輩! 目を限界まで大きく見開いて、息まで止めて。・・・・・・そのうち死にますよ?
「・・・・・・・・・っ」
「待って」
私の名前を言おうとした(口の形で判った)菊丸先輩の唇をそっと人差し指で止めて。
・・・・・・・・・あぁ。私マジで演劇部に入ろうかなぁ。
「返事は、いいよ。・・・・・・・・・判って、るから」
悲しそうに無理してるっぽく笑ってみる。
この手の顔がお姉さま方は好きなんだよねぇ。いくらでもサービスしちゃいます。
「英二が誰を見てるかなんて判ってる。ずっと、見てたから」
そっとクルクルの髪を手で撫でて。
愛しい者を見るように、慈しんだ目で菊丸先輩を見つめて。
「・・・・・・・・・周助のこと・・・・・・好きなんだろう?」
寂しそうに笑って、一歩後ろへ下がって。・・・・・・あ、桃を踏みそう。
「英二も周助も俺の大切な人だから。・・・・・・・・・うまくいくといいな、英二」
ニコッと笑ってみせて、顔面真っ青にした菊丸先輩に止めを刺して。
「今まで、ありがとう。・・・・・・・・・・・さよなら」
無理して笑顔を作って、でも上手く言えないように悲しい素顔を一瞬だけ曝け出して。
あぁもう何て役者っぷり。
私はそのまま桃を引っ掴んで教室を走り去る。
階段まで行く頃には後ろから巨大な悲鳴が聞こえてきて。
ヨッシャ!! ミッション・コンプリート!
ざまあみろ魔王め! (菊丸先輩は同じクラスだったのが運の尽きだと思って!)



ざわめく教室の中で不敵に笑う者、一人。
「・・・・・・・・・不二・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・いい度胸してるじゃない、
「(ギャア! 逃げろ!)」
「これはきちんとお返ししてあげないとね・・・・・・・・・」



当然その後しばらく青学は『不二&菊丸&謎の美少年(笑)の禁断の三角関係』という噂が流れまくって。
私は上機嫌でその日を過ごした。
・・・・・・・・・・・・・後日、あんな目に遭うとは知らずに。





2002年12月9日