033:白鷺
校舎裏っていったらリンチか告白って聞いてたけどさ。
まさか本当にそんなことする奴がいるだなんて思ってもいなかったよ。
「・・・・・・・好き、なの」
震えた、でもハッキリとした女の声。まぁまぁ澄んでて綺麗なんじゃないの?別に俺には関係ないけど。
「ずっと、ずっと好きだったの。あなただけ見てた」
ずっとってストーカーじゃないんだからさ。一つ間違えると怖いよね、こういうのって。
「・・・・・・・・・私と、付き合ってくれない?」
付き合うってどこに? まったく日本語って難しいよね。英語ならgo withとgo steady withで判りやすいのにさ。
相手が間違って判断したらどうすんの? 笑い話にもならないよ。
「・・・・・・ごめん」
――――――――え?
「ごめん。私、あなたのことが特別な意味で好きじゃないから。だから付き合えない」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ。
「・・・・・・・・・どうしても?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと。
「・・・・・・・・・うん、ごめん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・待ってよ。
「・・・ならキスして。そうしたら諦めるから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「キスして」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ちょっと待ってよどうして無言なのさ! ねぇちょっとどうなってるわけ!?
頼むから答えてよ!
――――――――――先輩!!
ジャンケンで負けてゴミ捨て→校舎裏焼却炉→告白シーンに鉢合わせ→その二人が女同士だった
・・・・・・・・・うん、ここまではいいとしよう。別に同性愛に偏見持ってるわけでもないし。
でも、でもさ? まさか知り合いのそういう場面に遭遇するとはさすがの俺でも思ってなかったし。
予想してなかった分、心臓に悪い・・・・・・。
「そこにいんの、誰」
冷ややかな声に思わず身を竦ませた。死角になって見えない位置にいたはずだったのに、今の声は確実に俺へのもので。
「出てこないならこっちから行くけど」
いつも聞いてるのとは違う、冷たい声。でもって少し低めだから余計に迫力があって。
足音が聞こえる前に立ち上がった。一つ、深呼吸して壁際から一歩前に出る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・目が、合った。
「あーなんだ越前じゃん。誰かと思ったよ」
穏やかに笑う先輩。・・・・・・・・・さっきの声を発した人物とは同じに思えないよね、まったく。
「知ってる奴でよかった。これで赤の他人だったりしたらどう口止めしようか迷ったし」
・・・・・・・・・何だか物騒なこと言ってるんだけど、この人。
先輩はいつものようにジャージ姿で、まだ火のついていない焼却炉にもたれて立っていた。
ちょっと、疲れたような感じで。
「さっきの、オフレコにしてくれる?」
先輩が少しだけ困ったように笑って言う。
まぁ当然だね。誰だって同性に告白されたってことが噂になったりしたら嫌だろうし。
「噂になったらさ、さっきの子が傷つくし。それは避けたいから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・じゃあ何? 先輩は女に告白されたって噂になってもいいわけ?」
「んー・・・まぁあの子のことが出ないならいいよ。私は別に」
「・・・・・・・・・そっスか」
「そうそう」
笑う先輩はどう見ても普段どおりで。
―――――――――――だから。
「言わないっスよ」
「そ?」
「言わないっス」
さっきのヒト見る目あんじゃん、とか思ってしまった。
「越前、ゴミ捨て?」
聞かれて頷くと、先輩は俺の持っていたゴミ箱を受け取って中身だけ焼却炉へ捨てた。
俺よりも20センチ以上高い身長は見上げるのに少し首が痛くて、それが実はかなり悔しい。
・・・・・・まぁ、背の高いのがこの人には似合ってると思うけどさ。
横顔は見とれるくらい綺麗だし。正直、不二先輩や手塚部長なんかよりもカッコイイと思うし。
だからこそ気になるんだよね。
「・・・・・・先輩。さっきみたいなことってよくあるんスか?」
聞くと先輩はやっぱり困ったように笑った。でもそんな表情もカッコイイし。
「うん、まぁね。私はこんな外見だし? 仕方ないっしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・キス、したんスか?」
「それはご想像にお任せします」
やっぱり笑う先輩は何だかこういう事態に慣れてるように見えた。
・・・・・・・・・慣れてるっていうのもどうかと思うけどさ。まぁ少なくとも桃先輩よりは告白されてそうだね。
空になったゴミ箱を渡されて、一瞬触れた手の平にドキッとする。
―――――――――――何でみんな判らないんだろう。
先輩は、普通の女の人だってことに。
「ねぇ、先輩」
見上げる首が痛くても。
「ん?」
見下ろす相手の髪が短くても。
「俺、男っスから。だからゴミも一人で捨てられるし、先輩がそんなことしてくれなくてもいいんスよ」
声変わりしていない俺の声のほうが高くても。
「・・・・・・・・・うん」
変わることのない相手の声のほうが低くても。
「今はまだ、俺の方が小さいけどすぐに大きくなるし。そうしたら先輩のことも守れるだろうし」
この手がまだ小さくても。
「先輩は女なんだから。だから守られたっていいと思う」
この力がまだ足りなくても。
「どんなに男っぽく見えても、女に告白されても、先輩は女なんだから」
いつかは、きっと。
「誰かを頼ってもいいと思う」
きっと、必ず。
「先輩一人くらいなら、俺でも支えられるから」
いつも不思議に思ってた。
何で桃先輩は先輩と手加減なしで競争しあったりしてるんだろうって。
何で不二先輩は菊丸先輩にするのと同じように先輩をからかったりするんだろうって。
何で千石や跡部は先輩をナンパに引きずり出して付き合わせたりするんだろうって。
それは普通に、女の子の運んでる教材を先輩が持ってあげてるときとか。
いつも同じで、男子生徒に頼まれごとをしているときだとか。
いつも不思議に思ってた。
先輩は女の子なんだから誰かに守られたっていいのに。
何で、そのことに誰も気がつかないんだろうって。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に、守られたいわけじゃないよ?」
先輩が困ったように笑う。
何だか俺、先輩のこと困らせてばっかりな気がする。
「桃は大切な友達だし。不二先輩もキヨも跡部も本当に私の嫌がることはしないし。知り合いが困ってたら助けるのは普通じゃん?」
「でも、それで先輩はいつも大変そうっス」
「んなことないよ」
「俺には、大変そうに見える」
だからもうちょっと頼ってくれてもいいのに。
そう言ったら先輩は少しだけ笑って、小さくうなずいた。
「ありがと。気持ちだけもらっとく」
「気持ちだけじゃなくて。俺の言いたいこと伝わってます?」
「伝わってるよ。つまり越前は私のことを心配してくれたんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
正面きってそう言われると、ちょっと困る。何か自分でもらしくないこと言った自覚がないでもないし。
「ありがとう、越前。嬉しいよ」
笑う先輩はやっぱりカッコよくて、でも十分綺麗だった。
女の人だと、思った。
ゴミ箱を片手に先輩と並んで歩く。
「じゃあ優しい越前にはマックでセットをおごってあげよう。お小遣い入ったから今リッチだし」
「・・・・・・・・・・いいんスか?」
「もちろん。若い子が遠慮なんてするもんじゃないよ」
若いって先輩だって俺と一つしか変わらないのに。変に大人ぶったというか・・・・・・年寄りぶってるというか。
「じゃあ部活終わったあとに校門で。桃を連れてくんのはいいけど、アイツはおごらないから」
「オッケーっス」
「じゃーね」
ヒラヒラッと手を振って歩いていく先輩。・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そういえば。
「先輩!」
後ろから手を伸ばしてその手を握った。
――――――――――――鼓動が、跳ねて。
「ん? どした?」
振り向いて笑うから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んでも、ないっス」
それしか言えなかった。
不思議そうな顔をしながら去っていった先輩。
俺はというと、自分の左手を見下ろすことしか出来なくて。
まさか、あんな。
あんな細いだなんて、思ってもいなかった。
この俺の大きいとは言えない手で、先輩の手首がしっかりと握りこめてしまうだなんて。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・だから言ったじゃん・・・・・・」
本当にキスしたのかどうか聞きたかったんだけど、突然の事実にビックリして何も聞けなかった。
あぁそうだよ。やっぱり俺、間違ってない。
「・・・・・・支えたいんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・先輩」
遠慮のない関係っていうのもいいかもしれないけど。
でも俺は、先輩を女のヒトとして扱うから。
だからせめて俺の前では力を抜いていて欲しいんだよね。
大好きな、ヒトだから。
尊敬してる、人だからさ。
2003年2月11日