032:鍵穴





「俺、有希のこと好きだ」
体中に電気が走った気がした。
苦しくて・・・・・・・・・泣きそうになる。



お互い海外に出ることになって、久しぶりに会えた17歳の夏。
私はクラブも決まってアメリカから一時帰国し、はU−19のためにオランダから戻ってきていた。
そんな中、かかってきた電話。
『会いたい』の一言。
がこんなことを言うのは珍しくて、たぶん初めてで。
私は一も二もなく頷いた。
どこか辛そうな声に、胸が軋んで。
こんなは初めて見る。



桜上水の駅で待ち合わせをして、約一年ぶりに会ったは一瞬誰だか判らなかった。
すごく、大人っぽくなっていて。
すごく、カッコよくて。
知らない人みたいだった。
それでも「有希」と笑いかけてくれた笑顔は中学の頃と何も変わっていなくて、ホッとする。
久しぶりに会えたからなのかしら。
好きって気持ちが次から次に沸いて出て。
思わず抱きついた。



二年前一緒に学校に通ったみたいに、二人して桜上水中への道を歩く。
お互いの近況報告とかチームのこととか話をしたりして。
大人の男の笑みで笑うは見ていて眩しい。
だからこそ・・・・・・・・・少し、怖くなる。
私はこんなに素敵な人の隣にいてもいいのだろうか、と。



「―――――――――俺、有希のことが好きだ」
途切れた会話の合間、が言った。
「離れていても変わらない。俺は有希が一番好きだよ」
痛いくらい真剣な眼差し。
いつもの穏やかな表情じゃなくて、どこか切羽詰ったような声で。
少し会わない間に大人になってしまったに、そんな顔はよく似合う。
「・・・・・・・・・でも俺は、有希がいつまでも俺を好きでいてくれるとは思ってない」
――――――息が、止まる。
「有希に他に好きな奴が出来たならハッキリ言って。ちゃんと別れるから」
その後まだ少し俺は有希を好きでいるかもしれないけれど、とは言う。
・・・・・・・・・私が、他の誰かを?
じゃない他の誰かを?
「俺は有希の傍にいられないし、有希が辛いときも力になってやれない。そんな俺よりも有希にはふさわしい人がいると思う」
ふさわしい人?
「有希は、いつまでも俺を好きでいなくてもいいんだ。他に好きな人が出来たら、素直にその人を好きになっていいんだ」
好きで、いなくてもいい?
「俺は有希が好きだけど、有希の心までは縛れない。だから」
穏やかに、が笑って。
「別れる覚悟は出来てるから、いつでも言って?」



どうして



「・・・どうして、そんなこと言うの・・・・・・っ?」



涙が零れた。
あぁ、こんなんじゃダメ。にふさわしくない。
につりあう様に、素敵な女性になれるように努力してきたのに、まだ全然ダメ。
私こそに好きでいてもらう自信なんでない。
私にの心は縛れない。
もっと綺麗で素敵な女性がの傍にはいるだろうに、その人たちの方が私よりもに相応しいと思うのに。
だけどダメ。どうしてもダメ。
は譲れない。
だけは諦めない。



「・・・・・・・・・U−19に藤代誠二っていう奴がいて」
知ってるだろ?と聞いてくるに黙って頷く。
「そいつが、有希の話をしてた。有希は可愛くて、しっかり者で、すごく綺麗なんだって」
「・・・・・・藤代が?」
「手紙、交換してるんだろ? たぶん藤代は有希のことが好きだよ」
穏やかに笑うは少し寂しそうだった。
「藤代より俺の方が有希に相応しいだなんて、俺には言えない。サッカーでならまだしもその他じゃ負けてるだろうし」
の言葉に首を横に振る。
そんな私にはやっぱり寂しそうに笑って。
「だから、もし有希が藤代に告白されたら、そのときは俺のことなんか忘れて自分のことだけ考えて。俺は、有希が藤代を選んだのならちゃんと身を引くから」
そんなこと・・・・・・。
「そんなこと、ない」
「あるかもしれない」
「ない」
悲しそうに笑うはとても綺麗で。
「あるかもしれない。気持ちは変わるものだから」



唐突に思った。
私、この人のことが好きだ。
を―――――――――愛してる。



「変わらない。私はが好き」
ハッキリ言える。断言できる。
が誰を好きになろうと、藤代が本当に私のことが好きだろうと、私はが好き。だけが好き。本当に好き」
だから、悲しそうな笑顔なんて浮かべないで。
「私だって不安に思ってる。はすごくカッコイイし、サッカーだって上手いし、私じゃきっとつり合わない」
口を開こうとするを遮って。
「でも私は諦めない。たとえ誰が相手だろうとだけは譲らない。私は、が私以外の誰かを好きになったとしても絶対に別れない」
目を見開くが涙で揺れる。
頬を滑った跡が乾いてパリパリになって、それでもいい。今だけは。
今だけは、どんな姿でも構わない。
カッコイイ恋愛なんて私には出来ない。
泣き叫ぶだけで精一杯。
でもそれでも、だけが欲しいから。



「誰が何て言おうと私は絶対別れない! 私はが好きなんだから! ―――愛して、るんだからっ!!」



苦しくって寂しくって、でもそれ以上に嬉しくて楽しくて幸せなんだから。
絶対に、離れない。



ふわっと回された腕は以前より筋肉がついていた。
でも抱きしめる力は変わってなくて、私をいたわるように優しくて。
のこういうところが好き。もっともっと好き。
「――――――ゴメン。俺が悪かった」
上から降ってくる声は寂しそうじゃなくて、安心して体の力が抜ける。
「・・・・・・っ・・・バカ・・・!」
「うん、ゴメン。ゴメン、変なこと言って」
私がの背中に腕を回して抱きつくと、今度はもう少し力を入れて抱き寄せてくれて。
「ちょっと・・・っていうかかなり不安になってた。藤代があまりにも有希のことよく知ってるみたいだったから」
「知らないわよ、そんなのっ! どうせ水野にでも聞いたんでしょ!」
「いや、水野が有希のことそんなに知ってるっていうのも結構ムカツク」
子供じみた言い方に思わず少し笑う。
「・・・笑うなよ、マジなんだから」
「それなら私だって須釜に嫉妬してるわよ。アイツ、のことなら何でも判ってるんだもの」
がオランダに行ってからは会ってないけど、中学のときだけで十分判らされた。
きっと私よりもアイツの方がのことを理解してる。
「スガに嫉妬されてもなぁ・・・・・・」
「誰だって一緒よ。に近づく奴はみんな私の敵」
「じゃあ藤代は俺の敵だ」
そうね、そうかもしれない。
「敵は倒してもいいですか? オヒメサマ」
聞いてくるに、顔を上げて頷いて。
「もちろんよ、王子様」
瞳を閉じてキスをねだった。



だけは絶対に離さない。
情けなくても、みっともなくても、泣いて叫んで引き止めて。
何をしても離さない。
誰にも絶対渡さない。



綺麗に笑うを引き寄せて、今度は私からキスをした。





2003年1月11日