018:ハーモニカ
ガタンゴトンと音を立てて揺れてる電車。
今日は営業先から直で帰れる分、いつもより早い帰宅。
あーもう洗濯溜まってるから洗わなきゃ。それに掃除機も3週間近くかけてないし、この前冷凍しておいたご飯もいい加減使わなくっちゃ。
一人暮らしって面倒よねぇ。やっぱり家出ない方がよかったかなー。
でも26歳にもなって親のスネを齧るってものねぇ? それに家にいたらいたで「結婚しないの?」ってうるさく言われるだろうし。
・・・・・・悪かったわね! どうせこの間2年付き合ってた彼氏に振られたわよ!! こっちは結婚まで考えてたっつーのに!
「君は強いから僕がいなくても平気だろう?」とか言いやがって! しかも自分は年下のご令嬢と結婚してんじゃないわよ!!
あーもうムカツクっ! 今日の取引先でセクハラしてきた男もムカツク!!
どうしてこんなにイライラしなきゃいけないわけっ!?
癒してくれる何かはないの!? この際ペットでも温泉でもぬいぐるみでも何でもいいから!
あー癒されたい・・・・・・・・・。
ガタンッという衝撃を立てて電車が止まった。
あと5駅で家につくわ・・・。もういい、洗濯も掃除もあとでいいから今日はさっさとパックでもして寝よう。
明日も会社だしねぇ。若い女子社員に負けないためにも英気を養わなくちゃ。
あーもうこれ以上年はとりたくないなー・・・・・・。
「あ、筒良。あそこに席一つだけ空いてるよ!」
ふわわわわわわわん・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、そんな感じの声がしなかった?
あまりにもふわふわした柔らかい声だったからどんな子が発したのかと思って顔を上げる。
――――――――――――――――――そ・う・し・た・ら!!
私の座っている向かい側の空席に歩いてきた女の子!
何この子!? めっちゃくちゃ可愛いんですけど! 何そのふわふわの髪の毛は? パーマ? それとも天然なの!?
そしてその白い肌は何事!? 美白? それもやっぱり天然!? どこのエステに通ってるの!?
その長くてクルンとしたまつげは!? その甘そうなピンク色の唇は!? どこのメーカーの化粧品を使ってるの! それともマジで天然なの!?
あ―――っもう可愛いっ! あなた可愛い! めちゃくちゃ可愛い! 私の好みだわ!!
「が座ればいいのだ」
ケロンッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、そんな感じの声がしなかった?
あまりにも気になる口調だったからどんな子が発したのかと思って美少女から視線を移す。
――――――――――――――――――そ・う・し・た・ら!!
例の美少女のあとから歩いてきた男の子!
何この子!? この子は本気で男の子なの! っていうか本気でぬいぐるみじゃないの!? その体は綿じゃないの!?
髪の色は不自然なピンク色! あぁでもそれが普通に容姿にマッチしているのが不自然じゃなくて不自然よ!
そしてその身長は何センチ!? 美少女とあんまり変わらないってことは私よりも低いでしょ! 165センチもないでしょ!?
あ――っもう可愛いっ! 君も可愛いわ! めちゃくちゃ可愛い! カエルみたいだわ!!
美少女がフランス人形で少年がぬいぐるみ!なんて可愛いカップルなの!!
「えーいいよ、筒良が座りなよ。部活で疲れてるでしょ?」
「僕なら大丈夫だからが座るのだ」
「いいよ、だって私は筒良を待ってただけだから疲れてないもん」
「いいからが座るのだ。レッ・・・・・・レディファーストなのだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
か―――わ―――い―――い―――っ!!!
可愛いっ! いいよ少年! 君イイ! 素晴らしく可愛いわ!!
「そう? じゃあ座らしてもらうね」
ありがとー、と言ってニッコリ笑う美少女に少年はもう真っ赤! あぁもう初々しい! なんて可愛いの!
「じゃあその荷物持つよ? 貸して?」
「いいのだ、大丈夫なのだ」
「ダメだよー。私だってそれくらいなら持てるもん。筒良ばっかり大変でしょ?」
ニッコリ。
可愛く笑った美少女に少年は再度真っ赤になって肩にかけていた鞄をしぶしぶ渡す。
それを美少女は大切そうに膝に乗せて。
あぁもう・・・・・・なんでこのカップルは行動がイチイチ可愛いの・・・・・・!
「ねー筒良、今日返ってきた模試の結果どうだった?」
美少女がニコニコ笑って聞く。模試・・・なんか懐かしい単語ねぇ。
ってことはこの二人は受験生なのかしら。高校受験か、私にとってはさらに昔のことね・・・・・・。
「悪くはなかったのだ。第一志望もA判定で心配はないと担任にも言われたのだ」
「筒良ってどこが第一志望だっけ?」
「K大の経済学部なのだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
え――――――――――――――――――――っ!!!!!!?????
え、えええええちょ、ちょっと待って!? 少年、今K大って言った!? K大ってアレ!? 私の元彼が卒業したKO大学!? マジで!?
あなた高校生だったの――――――――っ!!?
ってことは美少女も高校生!? そして高校三年生!!
ち、近頃の高校生はこんなに幼くて可愛いの・・・・・・? え、ちょっと、本気で?
「私もね、第一志望は大丈夫だって言われたよ! 先生がもっと上を目指してもいいんじゃないかって」
「の第一志望はどこなのだ?」
「国立K大学の法学部ー」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
うわ、ちょっと、固まったよ!聞いた少年だけじゃなくって、私だけじゃなくって、少年美少女の会話を聞いてたこの車両の人全員固まったって!!
だって美少女、今なんて言った? こ、国立のK大って言わなかった? K大って舞妓さんがいてお寺がいっぱいあるところにあるK大?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?
見かけによらず頭が良いのね、美少女・・・・・・。そして法学部なの・・・・・・・・・。
「でもねぇ、お父さんが一人暮らしは危ないから止めなさいって言うの」
「・・・・・・・・・・・・・・・そっ、そうなのだ! そんな危険なことは止めるのだ!!」
「でも一人暮らしなんてみんなやってるよ? 私、お料理もお掃除も好きだもん」
そう、家事が好きなの。ねぇ美少女ちゃん、そのぬいぐるみ少年じゃなくって私と結婚しない? ちょっと、いやかなり本気で。
「は―――――かっ可愛いからっ・・・・・・き、危険なのだっ!」
おぉ! 少年が真っ赤な顔で口説き文句! やっぱり可愛いわっ!
「えー? 筒良のほうが可愛いよ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あえなく撃沈。
美少女・・・あなた受験勉強じゃなくて男心をもう少し勉強した方がいいと思うわ・・・・・・。
目の前でヘコんでいる少年がやけに哀愁を誘う・・・・・・。
頑張って、少年。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん? まてよ?
え? ちょっと? あれ? ・・・・・・・・・もしや?
この美少女と少年は、ひょっとして付き合ってない?
え? あれ? ・・・・・・・・・でも。
恋人だったら彼氏がいるのに平気で地方にいって一人暮らしするなんて普通言わないわよね? ・・・・・・この美少女が普通かどうかは置いといて。
それに恋人だったら少年もこんなに照れずに「可愛い」とか言えるだろうし。・・・・・・この少年が極度の照れ屋でなければだが。
そう考えて見てみると、美少女は普通に笑っていることに気づく。
そして少年は美少女に好き好きオーラを(無意識に)発していることも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってことは、なんですか?
この少年は美少女に片思い中!?
(そして美少女は少年の気持ちに全く気づいてない!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不憫ね、少年・・・・・・。
これなら先日彼氏に振られた私の方がまだ良いかもしれないわ・・・。私はまだ彼に意識してもらえてたし。
少年は美少女の恋愛視界にいないみたいだものねぇ。うわー致命的。
っていうか少年が不憫を通り越して不幸のどん底に見えてきた・・・・・・。
「だからね、もうちょっと頑張って上を目指そうかなーって思って」
「そ、そう! それがいいのだ!」
私の同情の視線を背中に感じることもなく、美少女一筋の少年はパッと顔を輝かせる。
でもさ、関東にあるK大より上の大学ってねぇ・・・?
「T大なら家から電車で30分だし、朝もゆっくり寝れるからすごくいいよね? もうちょっと頑張ろうっと!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり。
やっぱりT大と来たよ。国立T大学、合格したときに胴上げされる大学だよ。
そこの法学部っていったらエリート養成機関じゃない。うわぁ、失礼だけど似合わないわ・・・。
「―――――――――――わかったのだ」
やけに真剣な少年の声。一体何がわかったの?
「がT大に行くなら僕もT大に行くのだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オオオオオォォォォォォォォォォォオオオオォ!?
しょ、少年それはマジですか!? マジで神様の前で誓えますか!?
私だけでなく車両中の人が全員少年の小さな背中を見つめて、だけど二人の世界を(無意識に)形成している二人は気づかない。
え、ちょっと少年、それはどうかと・・・・・・。
「筒良もT大に行くの?」
「が行くなら行くのだ!」
「じゃあ一緒だね」
美少女は今までで最高級の可愛い笑顔で笑って。
「筒良が一緒なんて嬉しー」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁもう決まったわ・・・。
この少年、絶対にT大目指して猛勉強だわ。それはもう受験まで連日徹夜してでも勉強するわ。
だって、ねぇ? 好きな子のあっっっっっんな可愛い笑顔で「一緒なんて嬉しー」なんて言われたらねぇ?
これで勉強しなきゃ男が廃るでしょ。あぁもう美少女、あなた完璧。
真っ赤になった少年にニコニコと笑って止めをさして。
頑張ってね、少年。恋と勉強と部活といろいろあるみたいだけど。
本っ気で応援してるわ!
可愛すぎるカップル(未満)の二人が気になったけど、私の降りる駅が着てしまったので残念ながらも電車を降りる。
まだ赤い顔をしている少年を窓越しに見ながらエールなんか送っちゃったりして。
あぁもうマジで頑張って。
半年後の夕方ニュースで、胴上げされてる少年と美少女を楽しみにしてるわ!
2003年1月23日