010:トランキライザー





「・・・・・・・・・おいガキ」
雨が降りしきる中、傘をさした貴方。
のろのろと顔を上げた僕。
「宿が欲しいならこんな道端じゃなくて明るいところで泣くんだな。そうすりゃいくらでも女が寄ってくるだろうよ」
斜めにかけられた傘のせいで、顔は見えずに。
声が、雨音に消えなかった。
水滴よりもすんなりと、僕の心に染み込んで。
それだけで、十分だった。
この人だと、思った。



「・・・僕を・・・・・・・・・拾って下さい・・・・・・・・・・・・っ」



それから僕は、彼の傍を離れずにいる。



「何だ。それって結局ペットじゃないっスか」
恐れを知らぬ王子様の一言に、青学テニス部部室は一気に凍りついた。
それはもう見事、北極もかくやというほどに。
「そうなんだ。僕とさんはペットとご主人様の関係なんだよ」
「ふーん。楽しいっスか? それ」
「今のところは満足してるかな」
歯に着せぬ物言い(しかしそれにも限度があるが)を気に入っているのか、不二はいつもどおりの笑顔で後輩に答える。
しかし部室は凍ったまま。ブリザードにオーロラは基本である。
そんな中で普通に着替えをしている越前リョーマ。やはり王子は王子といったところか。
「ご褒美とかってもらってるんスか?」
「キスはときどきしてもらってるよ」
「ディープ?」
「ううん、フレンチ」
「そんなんでよく我慢できるっスね」
「僕も不思議に思うんだ、自分のことながら」
寒いっ・・・! 寒い会話が繰り広げられている・・・・・・・・・っ!
ここは果たして地球なのだろうか。温暖地域に属している日本なのだろうか。
ちょうど部室に居合わせたレギュラーたちは心の奥底で問いかけざるを得なかった。
しかし恐ろしい会話はまだまだ続く。
「不二先輩、望みないんじゃないスか?」
「そんなこともないと思いたいなぁ」
「デートとかは?」
「したことないね」
「マジで望みないっスね」
「本当だね」
不二がクスクスと笑い声を漏らす。しかしそれも部室の温度を下げるだけ。
地球における最低気温は−71.0℃(ロシア:オイミャコン)らしいが、実は南極のほうが寒いらしい。
そうだ、きっとこの部室はあの扉がどこでもドアになっていて、自分たちは知らず南極へ来てしまっているのだ。
部員たちはそう考えた。
窓の外では夕焼けの赤い空と緑の木々が広がっている。
「でもね、僕にも少しくらいはさんが僕のことを思ってくれているって自信はあるんだよ?」
「ふーん。たとえば?」
「口では何だかんだ言っても、結局は僕を邪険にしないところとか」
「とか?」
「僕が疲れてたりすると構ってくれるところとか」
「とか?」
「まぁ他にもたくさんあるけれど」
そこで言葉を切って不二は軽く息を吸った。
「一番そうだと思えるのはやっぱり―――――――――――」



「僕だけに、ピアノのある部屋へ入ることを許してくれているところかな」



部室は、赤道直下へと落とされた。
南国どころではなく太陽の真近くだと呟いたのは一体誰だったのか。
体内の水分が蒸発して、部員たちは干からびそうである。
「ゴチソウサマっす」
「ふふ。どういたしまして。じゃあ僕はさんのところに行かなくちゃいけないから先に失礼するね」
「お疲れっす」
「越前もお疲れ様」
にこやかな笑顔を振りまいて温暖化現象の原因は去っていった。
残されたのは砂漠で枯死寸前のテニス部レギュラーたちのみで。
「何やってんスか?」
王子様の冷ややかな一言も今となっては潤いのようである。



ご機嫌で想い人の家へと向かった先輩を見ながら王子はぼんやりと考えていた。



『あぁなんか、不二先輩ってカルピンに似てるなぁ』・・・・・・・・・と。



ペットと人間は決して結ばれることはないんじゃないか。
後輩がそう思ってることも知らずに、今日も不二周助は宅へと向かう。



まるで忠犬のように足しげく通うのであった。





2003年3月5日