007:毀れた弓





「・・・・・・・・・天国」
かけられた声に天国はゆっくりと顔を上げた。
眉を顰めてこちらを見下ろしている親友の顔に気だるそうに唇を歪めて。
「・・・・・・・・・何て顔してんだよ、沢松」
「・・・・・・テメーが心配かけるからだろうが」
「・・・・・・悪ぃ」
「じゃあ二度とすんな。オマエが死んだって何も変わりゃしないんだから」
「・・・・・・・・・判ってる」
左手首に巻かれた白い包帯。
天国はそれを眩しそうに見つめ、小さく笑った。



初めて、そして最後にしたかった自傷行為だった。
大雨の日、電話しても出ない相手を不審に思った沢松が家へと来てみたら彼の気配はどこにもなく。
風呂場で、シャワーの音。
鼻につく匂い。
答えることのない呼びかけ。
浴槽一面赤く染まった水に心臓が止まるかと思った。
真っ白に顔色を変えた天国だけではなく。
自分まで、死んでしまうかと思った。



一人で住むには大きすぎる家だった。
普通の、一軒家。
4LDKの一般家庭が暮らすような、そんな家。
一人で住むには広すぎた。



突然独りになるには、今までの生活が長すぎた。



決して、幸せな家庭ではなかったけれど。
それでも彼らは自分の支えであった。
憎しみと、殺意と、そして微かな愛情を。
彼らは抱き、自分も学んだ。
いつか必ず見返してやると、それを糧に生きてきたのに。
それなのに、こんな中途半端なままで逝ってしまうのか。



こんなに簡単に死んでしまうのか。



どんな思いも行いもすべては無意味だったのか。
与えられたものは無になってしまうのか。
今の自分を構成したのは間違いなく彼らなのに。
こんな自分にしたのは、紛れもない彼らなのに。



これからは、独りで生きろと?



そんな残酷なこと――――――――――――――――ない。



寒くもないのに手先が揺れて。
抱きしめられて自分が初めて震えているのだと気づいた。
今まで、どんなに痛くてもこんなことなかったのに。



泣いたことなんて――――――――――――――――なかった、のに。



「俺が、いるから」
抱きしめた身体は以前より格段に痩せていた。
「俺は、絶対にオマエより先には死なないから」
零れる雫を、綺麗だと思った。
「オマエが死にたくなったら俺が殺してやる」
きつく、きつく抱きしめた。
「オマエを殺して、オマエの亡骸を抱きしめて、俺も死んでやるよ」



「だから・・・・・・・・・」



それまでは、生きろ



言った方も言われた方もボロボロと涙を零して。
カッコよくはなかったけれど、それでも一生の約束を。
この命に賭けて、生涯の約束を。



オマエの死体を見ずに死ねるなんて、幸せだな



天国の呟きに沢松は無理矢理に微笑んだ。



死ぬときは一緒がいいだなんて言葉、どうしても言えなかった。





2002年12月11日