003:荒野
一対一の殴り合いで負けたのは、アイツが初めてだった。
一年のとき、俺の通っている中学を仕切っているヤツが代替わりしたと噂で聞いた。
学校なんざどうでもいいと思っていた俺はそんな話に耳も傾けずに。
どうせちょっと喧嘩が強いくらいのバカだろ、なんて思っていた。
そんな矢先、前に負かした相手に路地裏で囲まれた。
年上の15人近くの奴等。
俺は知らず舌打ちをした、そのとき。
「ソイツはうちの生徒だから。喧嘩なら俺が代わりに受けてたつよ」
それだけ言って現れた小柄な男は俺と同じ白い学ランを着ていて。
問答無用で一発殴られて、その軽い身体は吹っ飛んだ。
ザマァねぇと思って鼻で笑おうとしたけれど、すぐに行われたソイツの次の動きに俺は目を見開くしか出来なくなった。
最小限の動きで立ち回り、急所を一撃で決め、倒していく姿。
確実に立ち上がれないように、骨を折るわけでも、血を見せるわけでもなく、それでも確実に。
舞うように狭い路地をひらめいて。
時間にして3分も経ったのだろうか、気がつけば誰も立っているヤツはいなかった。
ソイツと、俺以外。
「制服での喧嘩は止めろ。他校と揉めるのも一度や二度なら誤魔化せるけれど、オマエは回数が多すぎる」
制服についた埃を払いながら、ソイツが言った。
「俺に命令すんじゃねーよ」
言い返した俺にも怯むことなく、むしろ無表情に髪をかき上げて。
「じゃあ俺と勝負するか」
ソイツは言った。
「喧嘩して、俺が勝ったら今後オマエには俺の言うことを聞いてもらう」
「テメーが負けるに決まってんだろ」
「オマエが勝ったらもう命令はしない。ついでに俺の称号もくれてやる」
白い学ランをはためかせて、俺とソイツと二人。
綺麗に笑った顔だけは今でも鮮明に覚えてる。
アレは喧嘩なんて生易しいもんじゃねぇ。
奴ほど強いヤツに今後出会えるかどうか。
それほどソイツは強かった。
地面に転がった俺を一瞥すると、ソイツは懐からシルバーフレームの眼鏡を取り出してかけた。
凛とした雰囲気を漂わせて、俺を見下ろしてソイツは言った。
「俺は。山吹中の一年」
涼やかな声で、でも反逆を許さない冷ややかな声。
「今後二度と制服で喧嘩をするな。もししたときはすぐに俺に連絡しろ。絶対に忘れるなよ」
・・・・・・・・・・忘れられるわけねぇだろうが。
去っていく後ろ姿に俺はそう呟いた。
ソイツが『山吹の覇者』だと知ったのは、俺が後日学校へと行ったときだった。
2002年12月6日