金太郎が勝った。ダブルス2も、タイブレークに持ち込まれたが、勝利を掴んだ。あとひとつ勝てば四天宝寺は青学に勝利し、決勝へと駒を進めることが出来る。シングルス2の相手は海堂で、あちらも部長として負けることは許されないのだろう。青学はもはや全勝するしか道は残されていない。だが、そうはさせない。財前はゆっくりとジャージを脱ぐ。
密やかに、冷ややかに、天才が降臨する。暴君の名が相応しいと、財前自身は思っている。自分のために他を振り回した一年だった。恨みを買い、妬みを買い、それでも後悔はしていない。この夏のために己のすべてを懸けてきた。悲願を成し遂げる直前の高潮と、最後まで現実を逃がすことなく捉える理性が、絡み合うようにして身体中を駆け巡る。
「・・・・・・静かや」
コートに立ち、天を仰ぎ、雲ひとつない青空と眩しく輝く太陽に目を眇める。観客席の中に懐かしい先輩たちの姿がある。もっと近くで見ればええやろ。そう自然に思うことが出来て、心の澱がまたひとつ消えていく。光、頑張れ。金太郎の声に瞼を下ろし、そして財前はゆるりと眼を開いた。前を見据えてラケットを握り締める。負ける気がしなかった。
「ワンセットマッチ! 四天宝寺、財前サービスプレイ!」
審判の声を合図に、空高くボールを放った。膝のバネが財前の身体を押し上げる。鋭いサーブがコートに決まる。歓声が上がる。
君に栄光を
全国大会準決勝。四天宝寺は青学相手にシングルスふたつとダブルスひとつの勝利を奪い、決勝戦へと進んだ。
財前はその日生まれて初めて、「無我の境地」に足を踏み入れた。
泣きたくなるほど美しい、冷たい業火を抱くこの人に、憧れたからこそ俺たちはついてきた。
2010年6月12日(title by hazy)