世話になった三年生を送り出すための試合、と言えば響きは良いが、実際は先輩たちからしてみれば「最後にいっちょもんでやるで」であり、後輩たちからしてみれば「恨み晴らさせてもらいますわ」に近しいものがある。ちょうど二十人になった四天宝寺テニス部員は、明日に卒業を控えた三年生らを一列に整列して出迎えた。その中央には当然のように財前がおり、「お願いしゃーっす!」と運動部らしい勢いの挨拶によって試合は始められる。
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誰より楽しんでいたのは金太郎だろう。久し振りに財前以外の実力者とゲームが出来るのだ。真っ先に銀の腕を掴んでコートに駆け込み、「いっくでー!」と嬉しそうに声をあげる姿は、もしかしたら今日が別れの日だということを理解していないのかもしれないと思わせた。他の部員たちも、それぞれに先輩を捕まえては試合を挑んでいる。財前は観察するような目でコートを見据えていたが、その視界に映っているのが一年と二年でしかないことを謙也も白石も分かっていた。だから何も知らない振りをしてその肩を抱き、コートに引きずり込んだ。ジャージ越しにも分かる、触れた身体は少し筋肉が厚くなっていたような気がする。それとも余計な肉を落としたのか。どちらにせよ子供らしくない硬さで、心臓に悪かった。まるで人形のようだ。強引さを装って握った手の体温に安堵する。
「あざーっした!」
楽しい時間は本当にあっという間に過ぎてしまって、空高くあった太陽はいつの間にか西の空に沈もうとしている。コートに落ちる長い影はまたしても綺麗に整列をして、後輩たちは三年生に感謝を叫んで頭を下げた。しばらく上げられなかった顔に、じわりと謙也たちの目の奥も熱くなってくる。明日の卒業式本番よりも、このテニス部との別れの方が辛いかもしれない。俺たちこそありがとうな、と白石が代表して応えれば、先輩、と泣き出す部員たちまで出てくる始末だった。三年でも小春がわんわんとそれこそ少女のように泣き始めて、慰めるユウジも必死に眉間に皺を刻んで堪えているのが分かった。千歳は己の頭をぐしゃりとかき混ぜて困ったように目尻を下げていたし、銀はひとりひとりの部員の頭を優しく撫でた。金太郎はきょとんと目を瞬いており、周囲を見回して首を傾げる仕種に、本当に分かっていなかったのかと謙也は失笑する。この後は全員で、近くの焼肉店の駐車場でオサムも交えて流しソーメンをする手筈になっている。そこでゆっくりと話をしよう。
それぞれが荷物を持ってコートを出た。最後、三年は一列に並び、夕焼けに染まるコートに深く深く、礼をした。
「なぁ、先輩ら」
かけられた声に振り向けば、逆光で影になって表情は見えなかった。それでも白石も謙也も、千歳も銀も、小春もユウジも、相手が誰だか分かった。二年の間、ずっと可愛がってきたのだ。健やかにあれと、いつまでも思う。
「 」
声と共に五色のピアスが煌めいた。財前はその後、流しソーメン大会には来なかった。謙也たちは四天宝寺中を卒業した。
そして、ひとり残される。
2010年6月5日(title by hazy)