キングとジャックの関係について、クイーンの見解
三学期が始まった。始業式の後、柳生は男子テニス部の顧問を務める教師に、入部届けを提出した。
「一年F組、柳生比呂士です。中途入部でご迷惑をおかけするかとは思いますが、いろいろとご指導いただけたなら幸いです。よろしくお願いします」
非常に模範的な挨拶に、ぱらぱらと部員たちから拍手が返される。伸ばされた背筋とこれまた見本のような一礼に、柳はここ最近抱いていた疑問の回答を得た。正解かどうか確認するため、ちらりと横目で仁王を見るけれども、列の後方に並んでいる姿は柳生を見ておらず、コートの外の景色を眺めている。ふむ、と柳はひとつ頷いて、部長の隣に立っている柳生に視線を戻す。目が合って、ふわりと唇が微笑して挨拶をされ、柳も小さく笑い片手を挙げ返した。
立海テニス部には、途中から入部してくる生徒がいないわけではない。特に夏の大会を見て感激し、テニスを始めたいと思って入ってくる生徒は少なからずいる。しかし更に秋を経て、冬も本格的になった三学期から入部してくる輩はさすがにおらず、コートの中でひとり学校指定のジャージを着ている柳生は酷く目立った。副部長に案内されて、部室や備品の場所、練習のタイムスケジュールなどを教わっている。意識をそちらに向けつつも柔軟をしっかりこなしていると、隣で同じように屈伸を繰り返していた幸村が話しかけてくる。
「知り合いかい?」
「ああ。図書館を利用する際に、柳生は委員を務めているから世話になっている」
「へぇ。確かに外見からは文系に見えるね」
「柳生も精市には言われたくないと思うぞ」
傾向は違えど、体育会系にはそぐわない雰囲気を持つふたりだ。特に柔和で、一見すれば美術部員とでも思われそうな儚さを持つ幸村が、実は王者立海の中でも随一の実力者なのだと外見から見破るのは難しい。ふふ、とこれまたそこらの女子よりも綺麗に微笑み、幸村は準備体操を続ける。
「前はどこの部に所属していたんだろう?」
「ゴルフ部だ。一年の中では、かなり上手い方だと聞いていたが」
「それなのに、どうしてうちに来たんだろうね? しかもこんな中途半端な時期に」
「検討はついている、とおまえは言わせたいのだろう?」
「分かってるじゃないか。柳のそういう聡いところ、俺は好きだよ」
褒められているのに、そう感じることが出来ないのは柳の性格ではなく幸村の物言いに原因があるのだろう。そう思いたいものだ、と考えながら、柳は浅い溜息を吐き出す。
「・・・二学期の終わり、仁王がやけに柳生に接触していた。俺はてっきり仁王がゴルフ部に興味を持ったのかと考えていたが、どうやら逆だったらしい」
「仁王が、柳生に」
ふたりの名前を繰り返して、幸村は視線で仁王を探す。一応真面目に柔軟に取り組んでいる姿に、柳生を意識している様子はない。案内も終わったのか、コートに戻ってきた柳生はそのまま副部長である先輩と組んで準備体操を始めた。じっと見比べるようにふたりを眺め、緩やかに幸村が笑みを浮かべるのを柳は観察していた。別の人間だから当然のことだが、幸村精市という男の目からは、世界がどんな風に見えているのだろうかと柳は思う。常人とは違うそれだと思えてしまうのだ。
「面白くなってきたね」
「精市、それはどういう」
「柳の情報収集は見事だと思うけど、もう少し応用力が必要かな。まぁこれで、仁王がテニス部を辞める心配はなくなったようだし、後は柳生がどの程度の実力か楽しみだ」
「柳生は運動神経が良い。性格から鑑みても、中途入部するからには、最低でも練習についていけるだけの基礎を身につけてから来ただろう確率は九十五パーセントだ」
「ああ、それなら決まりだ」
柔軟を終えて、幸村が立ち上がる。この後はランニングの予定で、そしてレギュラーはコートでサーブ練習、その他の部員は素振りだ。楽しみだ、と再度繰り返す幸村に、柳は「一体何が」と問いかけたかったが、止めておいた。答えが貰えるとは到底思えないし、自分で見つけた方がより面白いと感じたからだ。
ほとんどの部員が柔軟を終えたタイミングを見計らい、部長がランニングの指示を出す。列を作って外周に向かう中にはやはり仁王と柳生の姿があったが、ふたりは互いに距離を取り、視線すらも交わしてはいなかった。五キロメートルの距離を走っているうちに、やはり一年からは脱落者も出てくる。周回遅れになる者もいる中で、柳は五番目にゴールした。同じタイミングで幸村も帰還し、先に到着していた真田はすでにラケットを抱えてコートに向かっている。汗をタオルで拭いながら柳が辺りを見回していると、意外にも何食わぬ顔で戻ってきたのは柳生だった。ゴールして、スピードを殺してから歩くようにして足を止め、ふう、と大きな息を肩で吐き出す。その姿は疲れてはいるようだったけれども、走ることに慣れている様だと柳は思った。感心しているうちに仁王もゴールしており、タイムはいつもより少し早いことに気づく。
「・・・なるほど」
呟いた柳は、次に行われるサーブ練習の間でもこっそりと柳生を観察し続けた。そのフォームは今日が初めての参加だとは思えないほどに、基本に忠実で美しいものだった。あの真田が感心して「ほう」と呟くくらいのものなのだ。他の一年と比べても何の遜色もなく、むしろ誰より綺麗なフォームと言えるかもしれない。柳生は間違いなく、研磨を積んでからテニス部に入部してきた。もはやそれは確率として百パーセントで、ならば柳生に基礎を叩き込んだのは誰かという話になるが、それは。
「・・・ダブルスが一組、確定と考えていいのか?」
「いいんじゃない? もう一組は、そうだね、丸井と桑原がいいんじゃないかな。これでシングルス三つと、ダブルスふたつが揃った」
俺たちの世代は安泰だね、と幸村が笑う。確かに、と頷きながらも柳はデータを取るべく柳生と仁王を注視していた。ふたりは実に綺麗なフォームで素振りをしている。基本に忠実な、乱れることのない全く同じフォームで。
柳が確率を五十パーセントとしても、幸村様は判断を下す。残りの五十パーセントは自らの直感で。そしてそれは大抵外れない。
2010年10月31日(title by hazy)