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恋するDNA
仁王の家は放任主義だ。もちろんそこには両親の不仲や複雑な事情といったものはない。単純に、子供の自主性を養う上で、事細かに口出しをしないという教育方針によるものだ。他人に迷惑をかけない。自分の行動の責任は自分で取る。そのふたつが仁王家の主な家訓だった。夜遊びは当然ながら褒められたことではないけれど、補導されない程度に仁王は出歩くことが常だった。今はまだ子供だから無理だけれど、容姿が青年になったらレイトショーも観に行ってみたい。しかし最近の仁王の行動は、至って健全な少年のそれだった。朝早くに起きて、部活に向かい、一度帰ってきて私物のジャージに着替えてから再びトレーニングに出かけ、時に夕飯を食べてから帰ってきて風呂に入り、寝る。規則正しいスケジュールに従って動く長男に、驚きを感じていたのは家族の方だった。
「あんた、何か悪いものでも食べたの?」
容赦なく問うて来たのは姉だった。五歳離れている彼女は、すでに推薦で大学を決め、実に冬休みを謳歌している。しかし付き合っている彼氏はまもなく訪れるセンター試験のために勉強に励まなくてはならず、会うことが出来ず不貞腐れていた。余談だが、姉の髪の色は茶色だ。高校に入ってから染めたもので、生まれつきの柳生とは艶の輝きが違うのう、と仁王は姉を見る度に思っている。
「何じゃ、可愛い弟に向かって」
「あんたが可愛かったら世界中の弟はみんな可愛いことになるわよ」
「俺以上に可愛い弟なんかおらんぜよ」
「無駄口はそれくらいにして。冬休みに入ってから随分真面目じゃない。部活なんかに毎日行くし、他にも練習してるみたいだし。っていうか携帯見つめてにやにやしてるし、年賀状の仕分けも自分から率先してやるし、初詣にも出かけて、しかも土産にわたあめまで買ってくるなんてどういう風の吹き回し? 豆腐の角に頭でもぶつけた?」
「・・・ほんに、酷い言い様じゃのう」
弟の仁王でさえ呆れるほどの詰り方だ。いや、姉としては純粋に疑問に思っているのかもしれないが、この姉と付き合っている男はさぞかし懐が広いのだろうと仁王は予想する。容姿だけは自分と同じく、美人と賞されるに足る姉なのだが、いかんせん気の強すぎるところが残念だ。ちなみに仁王は自分も同じような評価を下されていることをちゃんと知っている。
正月を迎えて三日目。年末年始の二日と新年の三箇日は、さすがの立海テニス部も練習は休みとなった。柳生との待ち合わせは午後であり、のんびりとリビングのソファーで膝を抱えて仁王が携帯電話を弄っていたところに姉が話しかけてきたのである。ちなみにそんな姉は昨日デパートの福袋を買い求めに出陣し、素晴らしい戦果を上げて帰ってきていた。
「彼女でも出来たの? 何人目?」
「そんなもんおらんぜよ。邪魔なだけじゃ」
「この前まで高校生の彼女を作ってた奴がよく言うわよ。あの子どうしたの?」
「別れた」
「そのくせに携帯ばっかり見て、年賀状も一枚だけ見つけたら後は放ったらかしで? それでも彼女がいないって、全国の恋する乙女に謝りな」
「俺は乙女じゃなか」
否定しながらも、頭の端で仁王は確かに自分の行動が恋する少女のようだとは思ってしまった。しかしそのくらいは構わないだろう。柳生は仁王のパートナーなのだから、恋人より大切にするのは当然だ。むしろそうしなければ柳生に対して失礼だ。
ふふん、と鼻で笑った仁王に対し、姉が顔を歪める。うさんくさい、と全体で表現してくる相手に、仁王は高々と言ってやった。
「姉貴の言う『大変なこと』にはならなかったぜよ」
「はぁ?」
「柳生はちゃんと、俺を選んでくれたナリ。生涯の相手じゃ。絶対に手放さん」
ぽちぽち、とボタンを押して着信履歴を開けば、一番上にあるのは常に柳生の名前だ。発信履歴を見ても、メールの送信と受信履歴にしても同じこと。そんな些細なことが、お年玉以上に仁王の心を浮き立たせる。何のことかと眉を顰めていた姉は、ようやく随分前の自分の発言を思い出したのか、驚愕に目を見開いた。自宅にいるということでマスカラの塗られていない睫毛は、些か控えめでおとなしい。
「まさか・・・! あ、あんた、本当に・・・!?」
「本当じゃ。残念ながら男じゃったがのう。俺のダブルスパートナーになる奴ナリ」
「名前は!? ちゃんと実在の人物なんでしょうね!? あんたの妄想じゃないわよね!?」
「・・・姉貴は俺のことを何だと思っとるぜよ。柳生比呂士、俺と同じ立海の一年。礼儀正しくて良い性格の美人さんじゃ。ぶっちゃけ姉貴のタイプぜよ」
「連れてきなさい。今すぐに」
「お断りじゃ。柳生を姉貴なんかの毒牙にかけて堪るか」
「とにかく連れてきなさい。生涯の相手ってことは、うちとも一生の付き合いになるわけでしょ。早めに挨拶しておいた方が得策じゃないの」
「・・・それもそうじゃのう。明日、柳生をつれてくるぜよ」
「明日はデートだから駄目! 明後日にして」
「明日つれてくるぜよ」
「はい、明後日に決定! お父さん、お母さーん!」
ばん、とテーブルを叩いて勝手に決め、姉はダイニングでテレビを見ている両親の元へと駆けていく。何をどう話しているのかは知らないが、母の歓声やら父親の感心した声やらが聞こえてきて、絡まれないうちにと仁王はこっそりリビングを後にした。柳生との待ち合わせには少し早いが、途中のコンビニで肉まんでも買っていけばいい。柳生はアンマンの方が好きじゃろうか、などと考えながらラケットバッグを手に取り、やはりばれないうちに家を出る。雅治、と嬉々とした母親の声に名を呼ばれた気がしたけれど、仁王はさっさと自転車に跨って海岸まで突っ走った。
その日の夕飯、仁王宅では赤飯が炊かれた。遊びに行っていたため事情を知らない小学生の弟が、不貞腐れる仁王の隣で首を傾げていたという。
仁王の家族設定はファンブックより。仁王から柳生への年賀状は元旦に直接手渡しでした。
2010年8月22日(title by
hazy
)