君なんかに優しくしたばっかりに





すべてが赤く染まる。校舎も、校庭も、テニスコートも。立つだけで影は長さを増し、東の空から夜がやってくる。夕焼けが仁王は嫌いではない。それでも夜の方が好きだから、いつだって東を向いて時間を潰す。ただ、その日だけは違った。スニーカーが芝生を踏みつける。下校時刻を回った今、校内に人影は僅かだ。そんな中、まっすぐな背中は見つけるのが容易かった。図書館でしか見たことのなかった姿が、そこにはあった。肩幅に開かれた両足。クラブを握る両手。白く小さなボール。ゆっくりと両腕の筋肉を動かし、スウィングが行われる。ボールは転がり、緩やかな曲線を描いてカップへと吸い込まれていく。美しく、正しい、無駄のなさ。計算と正確さに裏打ちされたプレー。何より、その集中力。柳生は仁王に気づかない。彼の立っている芝生に、仁王の影はもうすぐ届いてしまうかもしれないというのに。柳生は仁王に気づかない。彼の目に仁王は映らない。
ぞくりと背が震える。この男が欲しいと、心底思う。この男が欲しい。この男を自分の傍に置きたい。この有能で、優秀な、底の知れない男を、自分のものに出来たなら。心から渇望する一方で、そうして堪るかと怒りが仁王の内を掻き乱す。この男は危険だ。仁王雅治という人間を崩してしまう。そうさせて堪るか。仁王は仁王だ。他者に乱される己などあってはならない。だからいらない。この男を傍に置いてはいけない。欲してはいけない。
清廉潔白を絵に描いたような柳生の背中に、夕焼けが降り注ぐ。ポロシャツが茜色に染まる。見ていられなくて仁王は背を向けた。音だけで分かる。柳生は何度でも「正しく」スウィングし、ボールをカップに収めるだろう。制服のポケットに両手を突っ込んで、仁王は早足で芝生を抜けた。振り返りなどしたくもなかった。





乱されて、堪るか。
2010年7月18日(title by hazy