その正しさの価値を教えて





結論から言えば、柳生比呂士という素材は実にポイントが高かった。身長と体重、体格は仁王とほぼ変わらず、運動神経は体育の授業を見る限り相当のものだ。大抵の生徒が適当にいなすマラソンやサッカーでさえも、きちんと真面目に取り組んでいることから、その素質はすぐに分かった。足が速い。バランス感覚に優れている。ジャンプ力もあり、スタミナもある。これだけの輩が一体どこに隠れていたのかと仁王は不思議で仕方がなかった。今すぐテニス部に入れても半年程度のブランクならすぐに埋めて、他の部員と同じくらいの動きは出来るようになるだろう。いいのう、とひとりほくそ笑む仁王が柳生の素質を確信したのは、ハードル走の授業のときだった。
五十メートルの中にハードルを等間隔で置いて、どれだけ早く障害を越えて走れるかという、単純なレースだ。体育教師の笛に合わせてスタートし、ひょいひょいと軽くハードルを越える者もいれば、がしゃんがしゃんと端から倒してしまう輩もいる。ゴール地点では係の生徒が時折交代しながらタイムを図っていて、自分の記録を紙に記入したらまたスタート地点に戻り、順番を待ってレースを繰り返す。仁王は相変わらず適当に手を抜いて走り、それでもそこそこのタイムを得て記録するべくバインダーをクラスメイトから受け取った。もちろんハードルを倒すなんて無様な真似はしなかった。さて、柳生は。さりげなさを装って垣間見てみれば、タイムは仁王と同じくらいで、クラスメイト男子の中ではやはり上位だ。さすがじゃのう、と仁王は感心しながらバインダーを次のクラスメイトに受け渡す。
適当に列に並んで走り、またしてもやはりそこそこのタイムを記録しようとしたとき、仁王は「おや?」と首を傾げた。柳生のタイムが先程よりも速くなっていたのだ。二秒近く縮んでいる。練習だろうと手を抜く性質ではないことは数日観察しているだけですぐに分かった。故に柳生はどのレースでも全力を尽くしているだろうに、このタイムの縮み具合はどういうことだ。仁王は眉を顰めて柳生を探した。仁王より三つ前で順番を待っている姿を、今度は注意深く目を眇めて観察する。そうすると、理由はすぐに分かった。
柳生はゴールからスタート地点へ戻る途中、足を止めて別のクラスメイトが走る様子を注視していた。その視線が向かう先を辿ると、無駄のないフォームで走っているひとりの女生徒がいる。惚れとるんか、などと一瞬でも考えたのが馬鹿だと思うほどに、柳生の横顔は冷静だった。観察していると言ってもいい。自分以外の他を観察する誰かの姿に、仁王の背がぞくりと震える。唇に浮かんだのは愉悦だった。件の女生徒は陸上部に所属している。そして、確か専門はハードルだ。柳生は彼女を観察し、その技術を盗んだのだ。証拠に、次のレースでも柳生はタイムを縮めてきた。回数を重ねるごとにどんどん「正しく」なっていく様に、仁王は笑わずにはいられない。震える肩を堪え切れなくて俯けば、どうした、とクラスメイトが問うてくる。片手をひらひらと振って交わすことすら面倒で、こんなとき柳生ならどう切り返してくるだろう、そう仁王は考えて更に笑った。
これは本物じゃ。仁王は、柳生比呂士という素材の素晴らしさを認めた。スポーツ選手としては申し分のない、その貪欲な姿勢と幅広い才能を、だ。





あの独特な仁王になれるだけでなく、すぐさま海堂を演じられる柳生は、どう考えても観察眼と適応力に優れていると思うのです。
2010年7月4日(title by hazy