君の名前にアンダーライン





人間観察は、仁王の趣味だと言ってもいい。一目で相手の本質を見抜いてしまうところは特技に近いのかもしれないが、誇るよりも隠しておきたいので誰にも公言したことはない。他人に対してラインを引いて接することの出来る自分を仁王は知っているし、それでいいとも思っている。適度な距離を保っていれば、いつだって相手を利用することが出来るし、知られずに離れることも可能だからだ。中学一年生にしてそんなことを考えている仁王に、彼の姉は溜息を吐き出しながら忠告してきた。「あんた、そんなこと言ってるといざってときに大変なことになるわよ」と。いざっていうときとは一体何時だ。仁王がそう返せば、姉は可哀想なものを見るような目で弟を眺め、「これに執着される誰かが気の毒だわ」とまで言ったのだった。そんなもんは生涯できん。仁王こそ姉を鼻で笑い返した。
テニス部外に人材を見つけようと決めて、はや数日。都合よくあった席替えで、お得意のトリックを用いて仁王は窓際の前からも後ろからも三番目という席を手に入れた。一番後ろでも良かったのだが、プリントの回収やら雑用を命じられることが多いし、何より授業中の教師の監視も厳しいので、程よいところで手を打ったのだ。窓際の席を選んだのは、校庭が見下ろせるからという理由だ。体育の授業で運動神経の良い輩にチェックを入れることが出来る。幸い仁王は授業など聞かなくてもテスト前の数日間のみの勉強で要領よく高得点を取ることが出来るので、これ幸いと教師の話をすべて受け流して観察に徹した。もちろん注意を受けない程度に、だ。
ネクタイのラインの色が違うように、ジャージの色も学年ごとにことなるのですぐに見分けがつく。視力も悪くない仁王にとって、同級生の動きを見定めるのは苦にならない。体育の授業は、まず校庭を二周することから始まる。その時点で生徒の八割は、仁王の意識から外れることになる。本気でスポーツに取り組んでいる人間は、もはやランニングの走り方からしても違うのだ。例え友達同士と喋りながらであろうと、その一歩に、腕の振り方に、呼吸の仕方に、普段培った技能が現れてしまう。たまにめちゃくちゃだけれども運動神経の良い輩というのも存在するが、仁王は計画性のない人間が好きではない。なので男子の中でも、見所のある走りをする生徒だけにチェックを入れ、とりあえず顔を脳裏に焼き付けておく。月曜日から、火曜、水曜、木曜。あらかたのクラスはチェックできたか、と仁王が思っていたときだった。
「・・・ほう」
金曜日の二時間目、仁王のクラスは体育だった。動けば暑くなるかもしれないが、そこまで本気で授業に当たる気もない仁王はジャージを上下着込んでグラウンドに出た。教師が来るまでに校庭を二周しておく必要があり、たまたま一緒になったクラスメイトの話に相槌を打ちながらてろてろと足を動かす。その横を颯爽と追い越していく姿があった。
感嘆してしまったのは、そのフォームが「スポーツをしている者」のそれだったからだ。まっすぐに伸ばされた背筋が美しく、歩幅、足首の角度、筋肉の収縮、すべてが正しく作動していると思わせる、その見事さ。いっそ異常じゃ、と捻くれたことを仁王が考えているうちに、背中は遠ざかっていく。だらだらと走っている仁王たちとは違い、背中はあっという間に二周を走りきってしまったようだ。
「なぁ」
「ん? 何だ、よ」
隣で喋っていたクラスメイトに話しかければ、たかが二周だというのに息を切らして相手は答える。こいつも論外じゃな、ともともと大して親しくもない相手に脳内で×印をつけながら続ける。
「あいつ、誰じゃ?」
「あいつ?」
「ほれ、あそこにいる奴じゃ。眼鏡かけとる、茶髪の」
「あ、あ。柳生、だろ? 隣のクラスの」
柳生、柳生、やぎゅー、やぎゅう、やぎゅ、柳生。柳生。仁王はその名を記憶に刻み込む。すぐに消すことになるかどうかは、少し観察をしてから決めよう。今までチェックを入れてきた中では、一番質が良さそうだ。もはやくだらない話に相槌を打つのも面倒くさくなって、仁王は走るスピードを上げた。置いていかれる形になったクラスメイトが後ろで何か言っているが、知ったことではない。視線の先、凛とした背中は同じクラスの生徒と何やら話しをしている。
「・・・やぎゅう」
声に出して、仁王はその名を意識した。





アニメの「柳生は元ゴルフ部」と、ゲームの「ふたりは親友」と、ペアプリの「仁王は柳生に甘える」を基本に、好き勝手する予定です。
2010年7月3日(title by hazy