そういう経緯で、私は君と恋を始めるに至った





武器が必要だ。日本刀のように鋭い切れ味を持ち、マシンガンみたいに派手で強力なものがいい。でなければ、あの化け物じみた同級生三人を押し退けてレギュラーの座を掴むことは不可能だ。夏を経て、それは仁王が出したひとつの結論だった。もちろんシングルスで奴らを倒すことは、自分には不可能ではないと考えている。否、不可能ではないと「分かって」いる。しかし仁王は自身の得意なトリックプレイや、誰にも見せたことは未だないけれども「イリュージョン」と呼ばれる技術が、万人に認められる性質のものではないことも理解していた。だからこそ武器が必要なのだ。この立海大付属中のテニス部でレギュラーとなるために、誰もが認める「正々堂々とした」武器が。
目星はつけてある。正確に言えば、何を手に入れようかはすでに決めている。同学年に幸村精市・真田弦一郎・柳蓮二という強烈なプレイヤーが三人もいるのだ。夏の大会に一年生ながらに出場し、全国制覇の原動力となった姿を見ていれば馬鹿でも分かる。三つしかないシングルスの枠をかけて奴らと争うなど時間の無駄だ。だとしたら、狙うのはダブルスだ。ダブルスのふたつの枠のうちのひとつに、自分が収まってしまえばいい。
しかしダブルスとなると、どうしてもパートナーが必要となる。仁王がここ最近、頭を悩ませているのはその人選についてだった。日本刀のような、マシンガンみたいな奴がいい。仁王のトリックプレイをある程度許容し、もしくは受け流せるタイプでなけれが意味がない。賢くなくては駄目だ。機転が利かなくては駄目だ。パワー重視でも構わないけれど、出来ればテクニックタイプが望ましい。仁王の傾向を理解し、そのためにより良く動くことの出来るような。望みすぎだということは分かっている。だが、最初からハードルを下げてどうする。要は見つけりゃええんじゃ、と仁王は周囲の観察に勤しんでいた。
どうせパートナーを組むのなら、三年間を共に過ごせる同学年がベストだ。最初に目をつけたのは、丸井ブン太だ。赤い髪がうるさくて視界に入っただけとも言うが、あのボレーヤーとしての才能はそれなりのものだと仁王は評価している。ネットの鉄柱に当ててボールの落ちる軌道を変えるなど、やられる方からしてみれば冗談にも程があるプレーは実に仁王の好みだ。丸井はまだ無名だけれども、いずれ三年にもなればレギュラーの座を掴むだろう。有望ではある。だが、丸井とダブルスを組むとすると、ボレーヤーの彼を活かすために仁王はカウンターパンチャーとして守備を担わなくてはならない。そんなのつまらない。丸井は却下じゃ。仁王は脳内で彼に×印をつけた。
同学年で才能を評価するのなら、ジャッカル桑原という存在もある。南米出身からか暑さに強く、その脚力とスタミナはかなりのものだ。カウンターパンチャーとしてコートを走り回る姿は勢いがあるし、意外に真面目で勤勉なのが良い。ただ後者は仁王に対してマイナスに働く可能性も否めなかった。トリックプレイには相手を欺くポーカーフェイスが必要であり、いざとなればそれこそ「騙す」ことすらしなくてはならない。仁王自身、パートナーに対しても時と場合によっては偽ると決めている。そうなったとき、おそらくジャッカルは動揺するだろう。価値観の相違とでも言えば良い。人の良い輩にとって、仁王は自分がどう思われるかを知っている。だからジャッカルは却下じゃ。仁王はまたしても脳内で×印をつけた。
本音を言えば、理想に最も近しいのは「三強」のひとりである柳なのだ。頭の回転が早く、臨機応変に対応が出来、そしてどんな状況にあっても冷静な顔を崩さないでいられるだろう。技もあり、体力もあり、ダブルスを組むには申し分のない相手だ。仁王の観察では柳もダブルスでこそ真価を発揮するタイプなので、互いに悪い話では決してない。だが、現時点で周囲に認められている柳を選ぶことは、逆に自分が彼を使ってレギュラーに食い込もうとしていると思われる可能性が高く、仁王にとってそれは愉快ではなかった。プライドも些か顔を出し、仁王は脳内で柳にも×印をつける。
しかしそうこうしていると、評価に値するプレイヤーがテニス部内にはいなくなってしまった。王者と呼ばれる立海でもこんなものか、と仁王は思わず笑ってしまう。ちょっと上手いだけの選手では物足りない。どうせ組むのなら、互いに競い合えるような奴がいい。仁王を活かし、生かすような、そんな清濁併せ持ったプレイヤーが。
「・・・テニス部におらんのなら、他を探せばいいナリ」
早々に「仲間」とされる部員たちに見切りをつけ、仁王は対象を外へと変えた。サッカー部でも野球部でも美術部でも科学部でも構わない。人数だけは多い学校なのだ。仁王の眼鏡に適うような輩がいれば、力ずくでも引きずり込めばいい。自分が望むことのためになら、いくらでも他人を巻き込める己を仁王は知っている。
その日から、仁王の観察対象は校内全体へと広まった。それは彼がまだ一年生の、秋を迎えた頃の話だ。





こんなタイトルを使用しつつも、恋に発展する可能性は限りなくゼロに近いです。あくまで「生涯のパートナー」であるふたりを書きたいなぁ、と。
2010年7月3日(title by hazy