08:海または滴るしずく





泣いている顔を、見たことがなかった。
確かに中学生にもなれば人前で涙を零すことに恥ずかしさを覚えるようになるかもしれない。
ましてや男なら尚更だ。
手塚は己自身にも重ねてみて、そう考える。
だから何ら不思議はない。



自分と負けたときに越前が泣かなかったのも、不思議ではないんだ。



手塚にとって越前リョーマという少年は、ただの後輩ではなかった。
リョーマには12歳だとは思えないほどの実力があったし、それは四月の段階ですでに手塚の率いる青学レギュラーにも匹敵するほどだった。
だから本来ならば一年生は九月からしか参戦できない校内ランキング戦に出場を許したし、小柄な彼のためのメニューを乾に頼んで組んでもらったりもした。
すべてはリョーマのために。



そして青学のために。



「手塚部長」
見上げてくる視線は強すぎて、時折受け止めることが出来なくなる。
必死に逸らさないよう力を尽くせば、逆に大きな目に何もかも見透かされているような気持ちになる。
自分が青学に懸ける思いを。
そのためにリョーマを、利用していることを。



青学の勝利のため。
そのためにリョーマの存在は不可欠だ。
実際に彼が入部したことで勝率は比べ物にならないほど上がった。
今もリョーマは勝ち続け、青学を勝利に導いている。
その力をいつまでも留めていたくて、言った。
・・・・・・・・・『青学の柱になれ』と。



「部長。俺、絶対アンタに勝ちますから」
自信を溢れさせて笑う顔は、決して自分には出来ないものだと手塚は思う。
そしてその度に答えるのだ。
「・・・・・・あぁ、楽しみにしている」
心の底から、謝罪と共に。



リョーマがこの身勝手な自分を断罪してくれることを、手塚は常に願っている。





2004年7月26日