02:金または女神
コートに立てば負けた姿を想像することが出来ない。
越前リョーマは、そんな存在。
「・・・・・・・・・あるっスよ」
意外な言葉に乾は思わず眼鏡の下で目を丸くした。
そんな反応に不貞腐れたのか、リョーマはトレードマークの帽子を深く被りなおして続ける。
「あるっスよ、負けたことぐらい。それぐらい当然でしょ」
拗ねたような声音に、乾は慌ててフォローに走る。
「いや・・・・・・すまない。少し意外だったんだが、考えてみれば当たり前だな」
「俺だって始めたときから上手かったわけじゃない」
「そうだな。すまん」
始めたときから上手い人間なんているわけがない。
この青学で部長を務める手塚だって、負けたことはあるのだ。
だが、やはり乾にとってはいささか意外なことだった。
リョーマはコートに立てば必ず勝利を掴む。
他者を寄せ付けない光を放って。
「ちなみに、相手は?」
気になって聞いてしまえば、頭一つ分以上下からジロリと睨まれて。
乾がいつものようにノートを開いていることに眉を顰めて、リョーマは小さく溜息をついた。
けれど彼にとってはさほど重要なことではないのか、答えを口にする。
「・・・・・・・・・親父」
「なるほど、父親か」
「そうっス」
会ったことはないが、おそらくリョーマは父親からテニスを学んだのだろう。
それならば父親に負けているということは説明がつく。
「じゃあ越前のお父さんは、越前のコーチみたいなものか」
軽い気持ちでそう言ったのに。
「親父は俺のライバルっスよ」
強い瞳でそう言い切られた。
話に厭きたのか、クルッと踵を返してコートに戻っていく。
そんな後ろ姿に、やはり越前には負ける姿が似合わない、と乾は思う。
テニスに愛された彼に、負ける姿は似合わない。
2004年3月21日