崩れたケーキの分だけ愛して!





「ユウ君、ええ? まずは喧嘩腰になったらあかんよ?」
「お、おうっ!」
「ちゃあんと目を見て、にこって笑うの! 女の子の笑顔は最高の武器なんやから!」
「え、笑顔・・・? こ、こうか?」
「ん、上出来! 後は財前きゅんのクラスに行って、彼を呼び出すだけやね!」
「っ・・・ああああああああかん! や、やっぱり俺にはそないなこと出来へん!」
「ここまで来て何言うとんの! 蔵リンや謙也君に先越されたないんやろ!? ただでさえ金ちゃんは幼馴染なんやし、ユウ君ももっと押してかんと他の女に取られてまうで!?」
「それも嫌やぁ! せやけど、せやけど出来へんー! 小春ー!」
「せやからうちが協力してあげとるんやないの! 女は度胸やで!」
「あーかーんー!」
廊下の角でぎゃあぎゃあと騒いでいる三年生ふたりに、この階に教室のある二年生から向けられる視線は訝しい。けれども小春とユウジは四天宝寺の誇るお笑いコンビでもあったので、何かネタでも打ち合わせしとるんやろか、と皆は素通りして去っていく。しかし、現実は違った。ユウジの手にあるのは小さな紙袋で、その中には彼女手製のケーキが収められている。長時間持ち歩くことを考慮してクリーム系を避け、シックでビターな甘さのフォンダンショコラだ。ちなみに味は保証つきである。手先の器用なユウジは料理や裁縫などの細かい作業が得意で、それは彼女の所属している女子テニス部でも周知されていた。しかしよもやまさかそんなユウジの得意技が、財前に対して振る舞われるなど誰ひとり予想だにしていなかっただろう。当のユウジを含めて、だ。
「・・・先輩ら、何しとるんすか」
上から降ってきた声に、ひいっと悲鳴を挙げてユウジは固まってしまった。しゃがみこんでいるふたりを覗き込むようにして、そこに立っていたのは財前だった。移動教室なのか、その手には教科書とノートと、シンプルなペンケースを持っている。ああ、やっぱりセンスええわ、なんてユウジが惚れ直している間にも、小春は笑って歓声を挙げる。
「ちょうどええわぁ、財前きゅん! ユウ君が財前きゅんに用があるんやて!」
「用? 何すか、ユウジ先輩」
「おっ、わ、ああああああっ!?」
背中をどんっと押されて前に突き出される。小春のエールは時として厳しすぎるほどにオフェンシブで、しかしそんな彼女が大好きなユウジとしては逆らえるはずもない。財前の前に立つことになり、見上げてしまったら最後、ユウジにはもう何をすることも出来ない。紙袋を持つ手が震え、背後からの「ファイトやで、ユウ君!」と小春の声だけがぐるぐると思考に絡まってくる。いつから好きだったのかなんて、もう忘れてしまった。ただ好きで。好きで好きで好きで、死にそうなくらいに、大好きで。
「ユウジ先輩?」
首を傾げる財前の顔に、気づけばユウジは紙袋を叩きつけていた。ばしぃん、なんて物凄く小気味よい音が廊下に響く。阿呆、という小春の声すらもう聞こえない。
「おおおおおおおまえのために作ってきたんとちゃうからな! こ、小春にあげるついでや! 失敗作や! 気合入れて作ったわけとちゃうで! ざ、材料とラッピング選ぶのに環状線一回りしたわけとちゃうで! おまえが甘いの好きっちゅーたからケーキにしたわけとちゃうねん! ええか!? 誤解すんなや! ざ、財前のために作ったんとちゃうからな! 食べへんかったらしばくでこるぁ!」
いっぱいっぱいでそれだけ叫んで、ユウジはダッシュでその場から駆け出した。鼓動がうるさいし周囲からの視線は感じるし、もう本当に何が何だか分からなかったけれども、手の中に紙袋はない。渡せた、その事実だけがユウジには嬉しくって堪らなかった。ぴょんっと走る中にスキップが混ざってしまったのは、恋する乙女なら仕方のないことだろう。
「・・・何すか、あれ」
「今流行のツンデレっちゅーの? ユウ君は完全に無意識やろうけど」
「まぁ、とりあえずありがたく貰っとくっすわ。せやけどユウジ先輩に伝えといてください。俺は洋菓子よりも和菓子の方が好きやって」
「そんなら次は和菓子の差し入れにするわね。ありがと、財前きゅん」
背後でそんな会話がされていたのを、ユウジは知る由もない。フォンダンショコラを一口かじった財前が、案外いけるわ、なんて表情を綻ばせていたことも、ツンデレな彼女は見ることが出来なかったのだった。





技能は一番女の子らしいユウジ先輩。技能は。
2011年1月29日