ふしだらはお嫌い?
名前は知っていたし顔も知っていた。クラスまでは知らなくても、名札の色から三年だってことも分かっていた。それは金太郎に話を聞く前からだ。財前は基本的に授業をさぼらない。というか、中学生で授業をさぼる輩というのは滅多にいないだろう。だが、昼休みに静かな場所を求めて裏庭に行ったりすると、大概そこに彼女はいたのだ。千歳千里。今年の春に編入してきた、ひとつ年上の女生徒である。肩にかかる程度の黒髪はふわふわと波打っていて、顔立ちは端正なのにどこかぽやんとした空気がそんな印象を薄れさせる。百七十五センチメートルは超えているだろう。スタイルの良さから、まるでモデルのようだと男子の間では密やかに囁かれている千歳は、授業をエスケープする常習犯だった。財前は時折彼女と遭遇し、ぽつりぽつりと会話を重ねる機会があった。だが、これは想定外だった。
「・・・何しとるんですか」
「ん? 財前ば押し倒しよっとたい」
にこ、と目尻を下げる千歳の向こうには、木々の枝と青空が広がっている。いい天気やなぁ、なんて思うのは現実逃避だろうが、そうでもしないとやってられない。女子に押し倒されるのは男のある種のロマンではあるが、実際にやられると微妙やな、なんて財前は思う。もちろんあの千歳に押し倒されるなんて、他の男子生徒に目撃されたら垂涎の的なのだろうけれども。
悔しいながらも身長で負けているため、圧し掛かられるとそれなりの重さを覚える。腕力では勝っているかもしれないが、千歳はテニスで鍛えているため、最悪は互角かもしれない。だとしてもこのままの態勢は男としての沽券に係わる。押し付けられている胸は巨乳と評判だけあってボリュームも柔らかさも文句なしだが、足の間に太腿を挟んでくるのは止めて欲しい。何やこれ、どこのエロゲー。選択肢のカーソルはどこや、なんて思うけれども、そんなもの見つかるわけがない。はぁ、と溜息を吐き出して、財前は千歳の肩を少し力を込めて押し退けた。上半身を起こした際に、ネクタイの緩められたセーラー服の胸元から黒いレースの下着を垣間見てしまい、ほんまありえへん、と嘆息する。きょとんとしている千歳を余所に財前は立ち上がり、一時停止させていたウォークマンの再生ボタンを押した。見下ろす千歳は新鮮で、芝生にぺたんと座っている姿は可愛く思わないわけではないのだけれども。
「やりたいだけやったら他の男探してください。俺、そないに暇やないんで」
イヤホンを両耳に突っ込んで、財前は残りの休み時間を過ごす別の場所を見つけるべく校舎へと戻っていった。ひとり残されることになった千歳は、そんな彼の後ろ姿を最後まで見送り、ぽつりと呟く。
「・・・財前だけに、抱かれたかよ?」
それは色っぽさとは無縁の、純粋無垢な好意だった。
下手に外見と行動が百戦錬磨っぽいので本気に取ってもらえない千歳。この後膝を抱えてしょんぼりする。
2011年1月29日