夢見て同衾
財前の部屋が、金太郎は好きだ。自分の和室と布団と箪笥とは違って、フローリングにベッドとクローゼット、そしてパソコンやテレビなどの電化製品で溢れている部屋。六畳ほどらしいそこは決して広くはないのだけれど、金太郎にとっては居心地がよくて仕方がない。学習机とは違う、おしゃれなデスクを前に座っている財前の背中を、ベッドに転がってちらちらと眺める。制服の学ランでもセーターでもワイシャツでもない、私服の背中だ。作曲中に声をかけたらあかん、何度も怒られて学習したので、それくらいは金太郎も分かっている。だからこそ漫画を片手にじっと見つめていれば、ふわりと財前の雰囲気が変わった。やった、とベッドから立ち上がり飛びつく。
「光! 終わったん!?」
「ん、まあな。っちゅーか飛びつくなって言うとるやろ」
「ええやんか、ワイと光の仲やろ?」
後ろから肩越しに腕を回して、ぎゅっと抱きつく。覗き込めばパソコンの中には五線譜とたくさんの音符が並んでいるけれども、金太郎にはそれらがどんなメロディになるのか想像もつかない。けれど、財前の作る曲はいつだって繊細で、それでいて豪胆で、そして美しいものばかりなのだ。歌詞は滅多につけないけれど、金太郎は彼の曲が好きだ。時折無意識に口ずさんでいるのを聞くと、胸がぽこっと温かくなる。くっついていると幸せな気持ちになれる。心に従って金太郎はぐりぐりと財前の首筋に頬を摺り寄せた。やめぇや、と頭を柔く叩かれるけれども、本気で押しやられはしない。こんなところが優しくて、金太郎は財前が大好きだった。
「ワイな、今度の日曜試合やねん! 府大会の地区予選が始まるんやで!」
「予選なら楽勝やろ。ああ、でもおまえは中学のデビュー戦になるんか」
「そうやねん! せやから光、観に来てや! なぁなぁ光ー!」
ぐいぐいと引っ張って机から離し、ふたりしてベッドに座る。六畳の部屋はソファーを置くほど広くはないので、座るといったら机とセットの椅子か、あるいはベッドかになる。財前は椅子に座っていることが多かったけれども、金太郎はそんな彼を引きずってベッドに並ぶことが好きだった。だって、椅子とベッドでは距離もあって近くにいられない。すぐ隣にいる、手の繋げる距離にいることが好きなのだ。なぁなぁ、と腕を引けば、財前は一度金太郎を見やって溜息を吐き出し、「暇やったらな」と答えてくれた。これは余程のことがない限り、財前なりのイエスの答えだ。よっしゃ、と金太郎はまたしても財前に飛びつく。勢いを殺し切れなくて、今度はふたりしてベッドに転がることになった。ティーシャツ越しに感じる体温は少し低いけれども心地が良いし、耳をくっつければ鼓動が聞こえて金太郎は更に笑った。ごろごろと猫のように抱きついて、シングルベッドで幸せを噛み締める。
「・・・おまえ、俺以外の男にこないなことしたらあかんで」
どこか呆れた声音に顔を上げれば、いつもと同じようにすぐそばの位置に財前の顔がある。五色のピアスがきらめいているけれども、金太郎は彼がピアスを外す瞬間も、何もついていないその耳も、ピアスをつける瞬間も知っている。
「光にしかせぇへんよ? 光、大きくなったらワイのことお嫁さんにしてくれるんやろ?」
「それ、小学校低学年のときの話やろ」
「えーっ! してくれへんの!? いやや! ワイは光のお嫁さんになるんや!」
「せやったら料理洗濯家事手伝いを頑張るんやな。おまえがええ女になったら貰うてやるわ」
「ほんま!? 約束やで!?」
「はいはい約束や」
強引に手を取って小指を絡めて指切りをすれば、財前は更に呆れた顔になったけれども金太郎を好きにさせたまま近くの雑誌を開き始める。ベッドにうつ伏せになる彼の横にぴったりくっつくようにして、金太郎も転がった。足を絡めれば何となく不思議な気持ちになってくる。もっともっと近くにいきたくて、ひとつになりたくて、でも方法なんて分からない金太郎にはぎゅっと抱きつくことしか出来ない。目を閉じてくんっと鼻を鳴らせば、胸いっぱいに財前の匂いが広がる。その度に好きやなぁ、と金太郎の胸はぽこぽこと温かくなるのだ。
財前は金ちゃんはそのうち他に好きな奴が出来るだろうと思ってる。それが彼の唯一の誤算。
2011年1月29日