for you(氷帝編)





例え家が桁外れの資産家だったとしても、息子の誕生日を祝うために会社関係の人間を集めてパーティーを開くほどに跡部財閥は暇ではない。両親と祖父母と共にレストランで食事をとることは毎年の通例となっているが、それだって仕事の関係から誕生日当日でないことの方が多かった。昔はそれを寂しく思うこともあったけれども、中学三年となった今ではちゃんと理解している。離れていても自分は家族から惜しみない愛を注がれ、大切にされている。だから大丈夫だと思えるようになったのは、氷帝に入学してからだ。
「跡部、今いい?」
「アーン? いいぜ、入ってこいよ」
生徒会室のドアを細く開いて顔を出したのは、滅多に訪れたりはしない向日だった。許可を得てようやく足取り軽く入ってくるが、生徒会室が珍しいのかきょろきょろと周囲に視線をやっている。毎日のように部活で顔を合わせているし、何かあれば教室にやって来るというのにどうしたものか。跡部がそう考えて書類に走らせていたペンを止めると、向日は近くの椅子を引きずって、机の対面に腰を下ろした。
「なぁ、この前やったデジタルフォトフレーム、どうだった? 使い勝手とか、写真の映りとかさ」
「あぁ、あれか。特別気になるところはねぇな。自社製品だろ、胸を張りやがれ」
「うちの商品だから聞いてんじゃん。黒のフレームって地味じゃなかったか?」
「いや、ラインストーンが散りばめてあって、控えめな上品さが逆に良かったぜ。あれなら男女問わず使えそうだな」
「そっか、良かった! あれさ、柳生の誕生日にもあげようと思ってんだけど、跡部のお墨付きなら大丈夫そうだな」
ほっとしたように胸を撫で下ろして向日が笑う。ぽんっと跡部の脳裏に浮かんだのは、立海で女だてらにレギュラーを張っている淑女の姿だ。向日とは同じ年ということもあって親しくしているのだと聞いている。家出した際には泊りに行くこともあるらしいと、先日忍足も言っていた。柳生は機械に疎いとも思えないし、何か不明な点があれば立海には参謀と呼ばれる柳がいる。大丈夫だろ、と跡部は向日のプレゼントチョイスにオッケーを出した。
「SDカードもつけんのか?」
「おう。どうせ自社製品だから安く買えるし、だったらカードくらいつけた方がいいじゃん?」
「MECのご令嬢とは思えない台詞だな」
「うっせ! 俺は跡部みてーに傅かれることに慣れてねーの!」
ぷりぷりと怒りを露わにする向日は、庶民と同じように育てられてきただけであって、家柄は生粋のお嬢様だ。向日だけではない。彼女の幼馴染であるジローとて全国チェーンを展開しているクリーニング店の創業者子息だし、宍戸だって父親は伝統ある某有名私立の小学校教師だからありとあらゆる分野に顔が利くだろう。氷帝は程度の差こそあれ概して裕福な家庭の子息が揃っている。だからこそ自分も割合とすんなり受け入れられているのだろうと、実のところ跡部は思っていた。
「そういや跡部のフォトフレーム用に写真のデータ整理したんだけどさぁ」
生徒会長の机に肘をついて、向日が喋り始める。途中だった仕事の手を再開させるけれども、その声が止まることはない。本当に邪魔ならば、跡部がはっきり言うと彼女は知っているのだ。跡部もそれを分かっているからこそ、好きなようにさせている。もとより向日のおしゃべりひとつで集中力を乱されるほど軟ではない。
「中一からだから二年半じゃん? なのに千枚以上写真があって、見るだけで一晩かかった」
「馬鹿じゃねぇの。丸ごとコピーして移せばいいだけの話じゃねぇか」
「ん、でもやっぱ見ちゃうじゃん? 一年の初めの頃のとかさ、みんなちっちぇーの! あの頃はジローも宍戸も同じくらいの身長だったのに、くそくそ、にょきにょき伸びやがって!」
「おまえは一年の頃から全然成長してねぇな」
「うっせー! 人の気にしてること言うんじゃねーよ!」
柔らかく、はにかむように笑ったかと思えば、一転して頬を膨らませて怒ったりする。跡部は、向日の表情の変化が好きだった。自分には出来ないストレートな表現に焦がれ、癒されるようになったのは何時だっただろう。同じ女子プレイヤーでも、純粋にチームの勝利を求めるならリョーマが良かったかもしれない。教養を深め合うなら柳生が良かったかもしれない。次代を託すなら財前が良かったかもしれない。けれど何度同じ道を歩んだとしても、氷帝にいたのが向日で良かったときっと跡部は思うだろう。その明るさに救われた。負けてもめげない強さに感心した。跡部、と振り返って笑う。伸ばされた手に引きずり上げられたような、そうして氷帝に居場所を作られたような気がするのはどうしてだろう。感謝に少しだけくすぐったさが混ざり、甘さを帯びるのは当然のことだ。この俺様がな、と跡部自身失笑せざるを得ない。
「向日」
「何だよっ」
「来年の誕生日は期待しとけ」
「はぁ? 来年って、俺今年もらったばっかじゃん。しかも洋服から靴から鞄まで揃えてもらった上に、薔薇の花束渡されて、夜景の見えるレストラン貸し切ってのパーティーつき。あれ以上何があるんだよ」
「バーカ、あの程度序の口だろ。おまえは俺様に祝われてればいいんだよ」
「何だそれ」
呆れた顔をしながらも、純粋な厚意だと分かったのだろう。にっと歯を見せて向日は笑う。笑っていればいいと、常に思う。挑み続ける眼差しだって、空を舞う姿だって、悔しさに流す涙だって悪くはないけれど、それでもやはり向日は笑っている顔が一番だ。こんなに甘くなるなんて、俺様としたことがとんだ失態だぜ。跡部は心中でそうごちで、けれどとても柔らかく笑ったのだった。





守護者と本命の間をうろうろしてる跡部様。跡部様、それとおったりも、誕生日おめでとう!
2010年10月25日