for you(四天宝寺編)





「白石部長、付き合うてください」
紅一点、財前光の一言に、にゃーっという悲鳴が四天宝寺中男子テニス部部室に轟いた。
「難波でも梅田でも、どっちでもいいっすわ。っちゅーかむしろ両方回りたいんすけど」
「・・・って買い物かい! 王道の勘違いさせんなボケぇ!」
「ユウジ先輩が勝手に勘違いしたんやないすか」
「あああよかったわぁ! 光が蔵りんに惚れとるとか、そないな地球破壊なことが微塵もなくって!」
「小春はん、その言い方はあんまりやで・・・」
「ほんに良かったばい。思わず白石に向かって下駄を放るとこだったとね」
「いや・・・うん、勘違いならええっちゅー話や・・・うん・・・」
「白石に光はやれへんでぇ! 光と付き合いたいなら、ワイを倒してからや!」
爆発したように騒がしくなる中で、当の話しかけられた白石だけが呆然と立ち尽くしている。着替え途中だったため、ワイシャツのボタンはまだ中途半端に止まったままだ。リアクションあらへんなこいつ、とユウジが横からつついて駄目出しをする。そないなことやと一流芸人にはなれへんよ、と小春までもが追い打ちをかける。ぎぎぎ、とロボットのように白石がようやく再起動した。
「え・・・ええと、財前、買い物に付き合えばええの?」
「はい。荷物持ちしてくれて、あとちょっとアドバイスしてほしいんすわ」
「アドバイス? 何買うんや? 健康グッズか?」
「部長やあるまいし。もうすぐ柳生さんの誕生日なんで、そのプレゼントっすわ。白石部長、お姉さんいてはりますよね? せやったら何やええアドバイスもらえるかな思いまして」
柳生さん。その名前で四天宝寺面子の脳裏にぽんっと浮かんだのは、「立海の淑女」と呼ばれる女性テニスプレイヤーだ。先日の全国大会でも顔を合わせている、王者立海でレギュラーの一角を担う正真正銘の実力者。洗練された容姿と大和撫子を体現しているような物腰で、決して激情を表に出すタイプではないのにあの立海で成り上がってきた強者でもある。イメージすれば隣にダブルスパートナーである仁王の姿までぽぽぽんっと浮かんでしまい、彼にイリュージョンで化けられたことのある白石は僅かに眉を顰めてしまった。いや、柳生はとても良い子なのだ。柳生は。柳生は。仁王とダブルスを組ませると些か見方が変わってしまうけれども、私生活においての柳生はとっても良いお姉さんなのだと、財前から聞いている。
「あら、柳生ちゃんって十月が誕生日なの?」
「十九日っすわ。小春先輩も時間あるんやったら買い物に付き合うてくれません?」
「もちろんオッケーよ! 何買うかはもう決めとるん?」
「それがまだなんすわ。柳生さん、物欲乏しいから何贈れば喜んでもらえるんかさっぱり分からへん」
はぁ、と溜息を吐き出した財前の向かいに、着替えを終えた小春がいそいそと座る。はっと我に返って、他の面子も着替えの手を再開させた。それでも会話が止まらないのは流石四天宝寺といったとっころか。机の下で、ぶらぶらと財前がハイソックスに包まれた美脚を揺らしている。
「光は誕生日に何貰うたん?」
「ピアスっすわ。めっちゃ可愛えやつ」
「可愛えやつ? しとるとこ見たことないなぁ」
「あれは俺の中で勝負ピアスに決めたんすわ」
「阿呆、おまえいつどこで誰と勝負すんねん」
「本気で落とそうっちゅー男が出来たら、そいつの前でだけつけますわ。普段使いなんか勿体ない可愛さやし」
「光、あれやろ? キラキラでふわーっとしとったやつやろ? 宅急便開けたときの光、ほんまに嬉しそうやったし!」
「キラキラでふわーっなピアスって、どんなピアスやねん」
「光君、今度見せてほしいっちゃ」
「善哉で手ぇ売ったりますわ、千歳先輩」
いち早く着替えを終えた金太郎が、財前と小春の輪の中に加わる。授業中もずっと頭を悩ませていたらしい財前は、鞄の中からいくつもドッグイヤーのついた雑誌を取り出した。開かれたページには、アクセサリーや小物など可愛らしいグッズが所狭しと掲載されている。
「予算は五千円なんすけど」
「五千円!? 太っ腹やなぁ!」
「せやかて安物つけとる柳生さんなんや想像出来へんし、っちゅーか俺が想像したないし」
「お嬢さんなんやっけ?」
「確か侑士が、開業医の娘さんっちゅーとったわ。両親もじいさんも医者で、神奈川の一等地で病院やっとる家の長女やって」
「うっわ、正真正銘のお嬢やんか!」
「流石やな、柳生はん。落ち着いた性格は培われたものなんやな」
「お嬢お嬢言うとりますけど、金やったら向日さんちの方が持っとりますよ? あのひと、ああ見えてMECのご令嬢やし」
MEC、つまりそれは日本だけでなく海外でもネームバリューを誇る「Mukahi Electric Company」の略だ。世界規模の大企業のご令嬢。ぽんっと四天宝寺の脳裏に氷帝の向日の姿が浮かぶ。ちっちゃくって細くって、それでも勝気で負けん気の強い氷帝のムードメーカー。軽やかに宙を舞い、あの跡部景吾が認め抱える、中学男子テニス界に真っ先に乗り込んできた第一人者の少女。あの彼女が、世界規模のセレブ。セレブ? セレブ!
「っ・・・ええええええ、マジか!? ほんまの話か、それ!」
「氷帝は金持ち学校っちゅうけど、流石やわ・・・。跡部君だけやないんやなぁ」
「向日さんはあんま騒がれるの好きやないみたいで、学校も電車で通っとるらしいけど、家はほんま凄いっすわ。どこのハウステンボスやっちゅー感じで」
「そういや侑士も言うとったなぁ・・・。家格が釣り合わへんって。あれ、こういう意味やったんか」
「せやけど光も金持ちやろ? おとん、商社マンやんか」
「うちは上の下っちゅーとこやろ。まぁ不自由はしてへんけど」
「せやったら、一般家庭の女の子はコシマエちゃんだけやねぇ」
「コシマエの父親は、あのサムイライ南次郎たい。普通じゃなか」
「今は坊さんっちゅー話っすわ。せやけど、コシマエのおかんは国際弁護士やし。ほんまどいつもこいつもお嬢で敵わんっすわ」
金銭感覚が狂ってへんのがせめてもの救いやな、と財前は肩を竦める。謙也がジャージを詰め込んだ鞄を背負い、他の面子も競い合うようにして着替えを終えた。
「よし! せやったら財前、せっかくやしみんなで柳生さんのプレゼントを選びに行こか」
「えー・・・ユウジ先輩とか、まともなもん選んでくれはりますかね」
「おまっ・・・デザイナーの息子を舐めたらあかんで! 見とき、めっちゃセンスええのを選んだるわ!」
「女の子やし、やっぱりアクセサリーがええんやろうか」
「ワイはたこ焼きがええ!」
「金太郎ちゃん、それはあかんばい。俺は妹にジブリのペンケースをあげたっちゃ」
「文具も使うてもらえるからええわねぇ。あとは花束もやっぱり貰うたら嬉しいもんやね」
「小春! 俺が買うたる!」
「謙也さん、向日さんは何買うか侑士さんから聞いとります?」
「ん、聞いてへんけど電話してみるわ。・・・もしもし、侑士かー?」
「財前も目星つけとるんやろ? どないなやつにしたん?」
「香水っすわ。趣味もあるやろうけど、柳生さんならええかな思うて」
雑誌を抱えて、わいわいと部室を出る。そのまま学校を抜けて、いつもはたこ焼きか善哉を食べに行くけれども、今日だけは駅に向かってまっすぐだ。誰かに贈り物を選ぶのは楽しい。みんなで知恵と意見を出し合って選べば、更に楽しさは増す。柳生さん、喜んでくれるやろうか。うっすらと笑みを浮かべた財前の頭を、白石は優しく撫でたのだった。





財前が本気出して口説きに行ったら、落ちない男女はいないと思われる。
2010年10月25日