8.ユーシとガクトとハイタッチ





六角戦のはずなのに、立海の切原赤也の存在感ときたらどういうことだこれ。スクリーンに映る映像は上手く切原の顔を隠しており、おそらく今回のキャストの中の誰かが演じているのだろうけれども、流れる「危険なゲーム」は否応にも次の立海戦への期待を膨らませる。さすがやなぁ、とユーシは感心した面持ちで手拍子を打っていた。カーテンコールも終わり、今はアンコール待ちである。この後2ndのトリ曲である「Jumping up! High touch!」を歌って終了になるのだろう。しかし、この曲こそがファンサービスである。何せキャストが客席までやってきてハイタッチをしてくれるのだ。そのため通路側や後ろの席は所謂ラッキー席であり、決して良い位置ではなくても歓迎する客は多い。これも大人のサービスっちゅうやつなんかなぁ、とユーシが思いを馳せている間に曲は始まり、サビの部分に突入してキャストがステージから客席へとばらけていく。
「くそくそ、佐伯のやつ第一バルコニーに行きやがった! ハイタッチしたかったのに!」
「今回のメインキャストの一人ですから、上に来ないのは当然でしょう。それより、ほら。来ましたよ、向日岳人が」
「マジで!?」
手摺りを掴んで下を覗き込もうとしていたガクトが、日吉の声でぱっと顔を上げる。第三バルコニー中央の扉から現れたのは、まさに向日岳人だった。近くで見ると結構背ぇ高いんやな。それがユーシの率直な印象である。他にも一年生トリオのうちふたりが現れており、第三バルコニーは歓声に包まれていた。向日に拍手を送ったり手を振ったりしている客たちが、ちらちらとガクトの方にも視線をやっている。それで気づいたのだろう。ハイタッチしながらも何かを探していたらしい向日が、ぱっとユーシたちの方を見た。それに合わせてにかっと笑い、ガクトが両手を挙げてジャンプする。
「こっちこっちー!」
ちゃんとハイタッチをしながらも、向日が駆ける方向を変えた。徐々に近づいてくる姿は、やはり二時間の公演を経て少しの疲労を浮かべているけれども、そんなのまったく気にならないイケメンである。若干たれ目なのがまた可愛いというのが、ガクトの姉であり日吉のママさんの意見だ。第三バルコニーの端で、ガクトが両腕を広げて待っている。向日がはっと息を呑み、決意したかのように真剣な顔になってそのままガクトに抱きついた。その瞬間の悲鳴は、「Jumping up! High touch!」の中でも最大だったに違いない。第三バルコニーの全員が叫び、何だ何だとアリーナ席の客たちまでもが振り返って見上げてきたくらいである。それもそうだろうとユーシは思う。何たってガクトと向日のW向日岳人が抱き合っているのだ。これで騒がなければテニプリファンじゃない。
向日の中の人、つまりキャストは身長が百七十センチメートルを超えているのかもしれない。軽快な動きをするのでそうは見えないが、やはり骨格はしっかりしている。何というか、向日岳人の身長がとてもとても順調に伸びて高校三年生になったのならきっとこんな感じかも、といった様子だ。対してガクトは向日岳人とまったく同じ百五十八センチメートルであり、本日の服装はパンツルックだけどレディースなのでどうしたって美少女に見える。中学三年生の向日岳人が女の子物の洋服を着たらきっとこんな感じ、といった具合だ。つまりは身長差のある向日とガクトが抱き合うことによって、完璧なるW向日岳人という夢のカップルが誕生した。第三バルコニーの悲鳴は未だ絶えない。抱擁を解き、ガクトが笑う。
「超格好良かった! さすが俺! お疲れ!」
「っ・・・ありがとう!」
満面の笑顔に、くしゃっと向日が笑う。何か言いたいだろうし聞きたいこともあるだろうが、曲の最中ということで長居は出来ない。それが分かっているからガクトも「ラスト頑張れよ!」と背を叩いて送り出す。向日も笑ってステージに戻るべく扉から出て行った。その際にユーシと日吉にもハイタッチしていってくれたのは、さずがプロやな、とユーシは思う。
そうして全員が舞台に戻り、無事に曲は終了した。緞帳が降りてくる中で、向日が忍足侑士と日吉若を捕まえて、こちらを指さしてくる。目を丸くしている二人に、ユーシは苦笑しながら手を振った。お疲れさん、と労わりの気持ちをたくさん込めて。





実際に第三バルコニーに来たのは長太郎でした。
2012年2月15日