5.ユーシとガクトと立ち見席
ガクトは強者の上級者なので、一人でファンクラブのポストカード引き換えに並んでも全然平気らしい。むしろ女の子にしか見えない服装は列に混ざっても欠片も違和感なく、何も知らない男が見たら「あの子可愛くね? ナンパして来ようぜ」と言い出しかねないレベルである。ガクトは姉の保険証とテニミュサポーターズクラブの会員証、並びに今日のチケットの半券とユーシには良く分からないがサポーターズクラブから送られてきたらしい封筒を見せて、係員からポストカードを受け取ってきた。その間、ユーシと日吉は数多の視線を浴びながらも壁際でじっと待っていた。先に座席に行ってていいぜ、とガクトは言ってくれたのだが、いろんな意味で最強スチルを持つガクトと離れることは二人に不安を抱かせてしまうのである。よって忠犬よろしく待っていたら、「岳人待ちするってそれどんな忍岳日岳!」なんて声が聞こえてきて、何かもう開演前から帰りたくなったユーシである。
「ただいまー」
「おかえり、ガクト。ちゃんと貰えたんか?」
「おう。でもこれ姉ちゃんの会員証だしな。良い子のみんなは真似しちゃダメだぞ!」
「どこに向かって喋ってるんですか、向日さん」
「青学ABと氷帝と六角の四種類あったんだけどさ、やっぱ六角公演じゃん? だから六角にしてみた」
「ああ、格好ええなぁ」
「ユーシ、今のちょっと白石風に言ってみそ」
「『THIS IS THE PRINCE OF TENNIS』ですか」
「日吉はこういうネタがちゃんと分かるのがすげーよな」
そんなこんな喋りつつ、座席に向かう。東京ドームシティホールは地下に造られているような施設であり、入り口のある階が第三バルコニーに当たる。地下一階が第二バルコニー、地下二階が第一バルコニー、そしてアリーナ席とステージである。今回は立ち見席のため、ユーシたちが向かったのは会場全体で最もステージから遠い、第三バルコニーの一番後部座席の更に後ろである。手摺りに、小さなシールが貼ってあり、そこに立ち見席の番号が書いてあるのだ。ほんまに立って観るんやな、とユーシは変に感心した。ちなみに立ち見席の中でも、一番端だった。ステージを正面から見ることは出来ないが、片側に誰か来ないというのはほっとする。そちらからユーシ、ガクト、日吉の順で並ぶ。荷物を足元におろし、コートを脱いだ。ガクトがポンチョを脱いだら中からはオフホワイトのドルマンのニットが現れ、華奢な身体を更に小さく見せている。日吉が呆れたようにガクトを見下ろして鼻で笑った。
「向日さん、その身長でステージが見えますか。ジャンプ三冊買ってきましょうか」
「くそくそ見えるっつーの! おまえこそ中二のくせにでかすぎなんだよ! ちょっとは縮め!」
「はいはいガクト、騒いだらあかんで」
ただでさえ注目を集めているというのに、これ以上は勘弁してほしい。今回の六角戦はゲストが氷帝ということもあり、間違いなく観客には多分の氷帝ファンがいる。噂が噂を呼んでいるのか、座っている客たちも振り返ってはユーシたちの存在を確認しており、そっと指さしたり、何かを小声で交わし合ったり、時には互いの連れ合いとばんばん肩を叩き合っている。はよ始まらんかな、とユーシが幕開けないステージを眺めていると、くい、とズボンの裾が引かれた。下を向けばいつの間にかガクトがしゃがみ込んでおり、小さな手でユーシのズボンを掴んでいる。
「立ってると写メ撮られるぜ。ユーシも座ってろよ」
「・・・せやな。っちゅーかガクト、その双眼鏡は何なん?」
「え? 第三バルコニーだし必需品だろ? 日吉も持ってるし」
「・・・そうなんか。そうなんやなぁ・・・」
こういうとき、ユーシは自分が未だこちらの世界に染まっていないのを実感してほっと安堵したり、逆に寂しくなったりしてしまう。双眼鏡の倍率を合わせている日吉は真剣な表情だ。とりあえずユーシもしゃがみ込んで、開演の時間を待つことにした。
「佐伯、楽しみだなー!」
ガクトがうきうきと胸を高鳴らせていると、開演前の注意が流れる。いつもキャストが喋っているそれは、青学の一年生トリオだった。ついに六角戦が始まるのである。
六角戦の個人的メインはサエさんでした! 素敵でしたー!
2012年2月15日