1.ユーシとガクトと建国記念の日の予定
「二月十一日の昼、空いてますよね。空いてないわけがないですよね。空いてるんですかそうですか。それじゃ十一時三十分にJR水道橋駅東口の改札を出たところで待ち合わせでいいですね」
昼休み、三年生の教室までやってきて弁当を食べ終えた日吉は、これこそが本題だったのだと言わんばかりに三枚のチケットを取り出した。え、急に何なん。ユーシが面食らっている隣で、バナナオレを飲んでいたガクトはストローから唇を離して、チケットを一枚受け取る。
「テニミュの六角戦じゃん。しかも東京凱旋。何、おまえチケット取ったのかよ」
「取りましたよ。母親に言われて取らされましたよ。何ですか何か文句でもあるんですか」
「別にねーけど。でも、だったら日吉のママさんが行けばいーじゃん」
「生憎、その日はアニメイト渋谷店でイベントがあるらしくて」
「ああ、ドリライ2011DVD発売記念の握手会だろ。トーク会だっけ? うちの姉ちゃんもそっち行くぜ」
「母は大千秋楽のチケットを取っているので、十一日は見送るそうです」
「だから俺らに回ってきたわけか。いいぜ、付き合っても。どうせ暇だし」
「ありがとうございます。母がチケット代は結構だと言ってましたので遠慮せずにどうぞ」
「ユーシ、立ち見初めてだろ? 一緒に行こうぜ」
ちゅーっと黄色い液体を飲みながら、ガクトが振り向いて言ってくる。しかしユーシにしてみれば話がぽんぽんと進んでしまって、しかもその中に良く分からない単語がいくつもあったから尚更顔を引き攣らせてしまう。否、理解したくはないのだが、もう遅い。逃がして堪るかというかのごとく、日吉がチケットをユーシの手のひらに握らせてきた。その目は本気だ。
「えー・・・っと、六角戦? って、テニミュやんなぁ?」
「そう。ユーシも行ったじゃん、氷帝戦とかドリライ2011とか。あれの六角戦」
「暇じゃないとか言ったら殴りますよ、忍足さん」
「いや、暇やけど。ほんまは今から用事入れたいくらい暇やけど。立ち見って何なん?」
「そのままの通り立ち見だぜ? チケットの一般販売とかも終わった後で売りに出るんだよ。数少ないから毎回超争奪戦だよな。うちの姉ちゃん、今回は取れてなかったし」
「・・・そんなんまであるんか」
ユーシは名前はユーシだが、苗字は忍足ではない。しかし外見と中身が「テニスの王子様の忍足侑士」にそっくりなため、もはや忍足はあだ名のひとつだ。ガクトもそれは同じで、彼らは名前はワカシだけど苗字は日吉ではない後輩をすでに「日吉」と呼んでいる。ここまで似てて何で本物じゃないんだよ、とは生まれてこの方何度言われてきたことか。
もそ。ユーシはメロンパンを頬張る。心なしか先程よりもパサついているように感じるのはどうしてだろう。もそもそ。どんよりとした空気を放ち始めたユーシを余所に、ガクトと日吉の会話は続く。
「というか、最悪ですよ。今回も物販を頼まれましたし、チケット取りもファンクラブ先行とメルマガ先行と一般発売と立ち見の全部を手伝わされて。本当にいい加減にしてほしいです」
「おまえ、自分の携帯でもメルマガ登録してんの?」
「・・・してますよ。させられましたよ。どうせなら向日さんもしてくれませんか。俺の負担を減らしたいんで」
「あーわりぃ。それ無理。俺、チケットは一般でしか買わない派だから」
「そんなの買えるわけないじゃないですが。どれだけ競争率高いと思ってるんですか」
「でも俺、1stの全国立海戦の大千秋楽のチケット一般で買ったぜ? しかもアリーナ。四天宝寺の東京凱旋もそうだし、ドリライ6thは当日券で当てたしな。全部姉ちゃんにあげたけど」
「あんた、神ですか」
日吉が化け物を見るような目でガクトを見やる。生憎ユーシには件のチケット競争率が良く分からなかったため理解出来なかったが、とりあえずガクトの籤運が強運らしいということは把握した。俺の親友は最強やな。そんなことを考えながらユーシはもそもそとメロンパンを食べ続ける。何だか来たる祝日が一気に憂鬱になってしまった。
テニミュとイベントを同日に行わないでくださいな・・・! しかも予約した後で握手会発表とか、ちょっと待てこら!
2012年2月15日