6.ユーシとガクトとテニプリ大学園祭
「ほな、下に降りよか」
「は?」
グッズを買っている間に随分人も捌けたのか、閑散とし始めた劇場入り口でユーシが言えば、怪訝な声がガクトから返される。しかしさっさと去らねば、次の回の上映のために上がってくるそれこそ「テニスの王子様」ファンの女の子たちに囲まれてしまうことは想像に容易い。それを回避するためにもユーシは言ったのだが、何言ってんだよ、とガクトは明らかに表情だけで言ってきた。ちなみにその隣で、日吉は持参したエコバックに購入したグッズを詰めている。
「肝心の用が済んでないじゃん」
「? もう映画は観終わったやろ?」
「ユーシ、忘れてんの? 日吉は『用事に付き合え』って言っただろ? 映画はその礼だって」
「・・・そういえば、そうやったっけ」
つまりこの疲労感を覚えた映画鑑賞は、つまりは御礼であって用事そのものではなかったのだ。何だか微妙に礼になっていない気もするが、チケット代は支払ってもらったので文句を言うつもりはない。しかし日吉の用事が何だかは知らないが、映画館で済むものではないだろうに。首を傾げるユーシに、ガクトは指をさす。
「これだよ」
その指の先にいたのは、等身大の跡部パネルだった。否、その隣にある小さな机。それを指さし、ガクトは言う。
「日吉の用事っつーのは、そのスタンプラリーだよ。名付けて『テニプリ“大”学園祭、劇場版テニスの王子様 英国式庭球城決戦! 池袋ジャック』」
「長っ!」
思わず突っ込みを入れてしまったが、ユーシにはガクトの言うことの一割も理解をすることが出来なかった。見た方が早いだろ、と腕を引かれて等身大跡部パネルの横に並ぶ机に近づけば、そこには小さなプラカードが飾られている。所謂「スタンプはこちら!」というものであり、並んでこれまた葉書大サイズの用紙が重ねられていた。表はやはり映画のポスターを印刷したもので、けれどガクトが裏返してみれば、そこには丸が七つばかりあり、同じく各校の校章を刻んだ旗のようなものが見て取れた。その台紙をガクトは机に置いた。そして設置されているスタンプを、ぽんっと押す。台紙の置く位置が決まっているため、スタンプはあつらえたように丸の一個を埋めた。綺麗に、氷帝学園の校章で。ぽん、ぽん。ガクトは更に二枚押し、それをユーシと日吉にぽいっと投げやる。
「こうやって池袋の六ヶ所を巡ってスタンプを集めると、テニプリの景品が貰えるんだよ。今日の日吉の目的はこれ」
「まさか・・・っ! テニプリ各所を回るんか!?」
「おう。それぞれの場所でテニプリに関するイベントをやってるらしいぜ?」
にやりとガクトが笑うが、それはユーシにとって死刑宣告だ。せっかく映画館では何事もなく過ごせたというのに、これから自分で飛んで火にいる夏の虫状態にならなければならないのか。反射的にユーシが日吉を睨み付ければ、日吉は明後日の方向を向いている。ここ数日視線が合わなかったのはこれが理由かとユーシは思い当った。最初からすべてを知っていたらしいガクトは、半ば呆れたように腰に手を当てている。
「だから言ったじゃん、『自分の言葉には責任持てよ』って。日吉の頼みを聞いたのはユーシなんだぜ? ちゃんと最後まで付き合ってやれよ」
「せやかて・・・! いや・・・確かに安請け合いしたのは俺や。しゃーない、最後まで付き合うたるわ。日吉、今度学食でドレスステッカー分奢りや」
「・・・分かりましたよ。文句なら俺じゃなくてうちの母親に言ってください」
「俺もちゃんと付き合ってやるからさ、さっさと行こうぜ」
姉ちゃんが言ってたけど結構大変みたいだし? そんなこんなで相変わらず男前なガクトがエレベーターのボタンを押し、開いた扉から乗り込もうとする。その際に中から出てきた女性たちにぶつかりそうになり、わりぃ、と謝ったガクトの外見に衝撃を受けたのだろう。固まった彼女たちを外に押しやり、ガクトはユーシと日吉をエレベーター内へと押し込んだ。ええええええ、やら、きゃああああ、やらという悲鳴を聞きながら閉まるボタンを押し、ガクトはひらひらと手を振ってやり過ごす。これがどうやら今日一日続くらしい。はぁ。思わず吐き出したユーシの溜息は、隣の日吉と見事なハーモニーを奏でていた。
池袋ジャックは9月30日で終了しました。
2011年10月2日