5.ユーシとガクトと劇場オリジナルグッズ





映画が終わり、場内が明るさを取り戻し始めると同時に忍び笑いのような失笑のような歓喜のような笑い声が座席を埋め尽くしていく。思わず笑い出さずにはいられない映画って何だろう。一応今回の劇場版は「熱く切ない」が売りだったようなのだが、これは果たして成功なのか否か。そんな周囲の様子を余所に、ユーシはさっさと荷物を持って立ち上がった。ガクトと日吉もそれに続き、シアターを出た三人はグッズ販売のコーナーへと向かう。そこにはすでに先客がいたが、それも僅かだ。すぐに買うことが出来るだろう。そう考えて列に並び、ようやく映画の感想を口にする。
「まんべんなく出てたよな。スポットあたるキャラには偏りがあったけど」
「いやいやいや、あの不二のシーンは可笑しいやろ。何で馬なん? 馬で飛び越えるとかどこの王子様かと思うたで!」
「その前の越前が馬小屋を眺めるシーンが伏線になってたんですね。俺としては跡部さんの城の管理の杜撰さが問題だと思いましたけど」
「あ、それは思った。でも俺らが一年のときに合宿とかしてそうじゃん? あの城で」
「売りに出して他人の手にでも渡ったんちゃうか? 後はあれやな、切原の土下座シーン」
「劇場内に笑いが生じましたからね。あいつのキャラ付けがはっきり分かった一瞬でしたよ」
「あいつも可哀想だよなー。でもあれって切原悪くなくね? どっちかっていうと真田の横暴な気がするぜ」
「木手はめっちゃ格好ええし。あれは美味しい役どころやな」
「というか俺は、どんな新テニのイギリス選抜フラグかと思いました」
「シウキス派か、キスシウ派か。姉ちゃんどっちだったっけ。シウも越前のこと名前で呼ぶかと思ったけど、苗字呼びだったよな。ちょっと意外」
「それは俺も思うた。海外やしファーストネームで呼ぶかと思うたんやけど」
「母が実に喜びそうな映画でしたね。間違いなくDVDを買いますよ」
「っつーかOVAといい、俺の作画、神がかってね? 日吉とのカットが三つもあって日岳推しかと思いきや、最後にダブルス組んでたのは侑士とだったし」
「彗星が集まるとか、テニスってあんな壮大なスポーツやったっけ」
「考えたら負けですよ、忍足さん」
そんなこんな喋っていると、シアターから出てきた他の観客たちも黄色い声を挙げて喋りながらエレベーターへと向かっていく。テンションの高さの余りユーシたちに気づいていないのは良いことだ。流石に同じくグッズ販売の列に並んでいれば気づかれるが、それ以外は結構やり過ごすことが出来ている。おお、今日の俺ちょっとラッキーやないか? そういや映画に千石が出てへんかったな。ユーシがそんなことを考えている間に、いつの間にか順番が回ってきていた。鞄から財布を取り出した日吉が、相変わらず無を張り付けた顔で端的に告げる。
「全部ふたつずつ下さい」
母親に頼まれたらしいそれは、もはや完全な大人買いである。白石がこの場にいたのなら「んーっ! 無駄のない買い物、エクスタシーや!」とでも言うんじゃなかろうかというほどの買い方だ。店員は買い物の内容にか、それとも日吉若とそっくりな日吉の外見にか、一瞬呆けたけれども「かかかかしこまりました!」と言ってグッズを端から詰め始める。その隣のスタッフが「次の方どうぞー!」と呼んだ。ユーシの目を見て。
「え?」
気が付けば、ガクトは列から外れた場所で残りのキャラメルポップコーンをもしゃもしゃと咀嚼している。あれ、と見回すがユーシは未だグッズ販売の列に並んでおり、すなわち呼ばれたからには行かなくてはならないのだろう。しかしグッズを買う予定などユーシにはない。しかしここで今更ながらに「すんません何も買いません」とは言い出し辛く、ユーシは泣く泣くスタッフの前へと歩み出た。そしてガラスのショーケースに並んでいる劇場オリジナルグッズに目を走らせる。
パンフレットからして二種類あるとは何事だ。片方は通常の映画でもお目にかかるような紙製品だが、もう片方は違う。描き下ろしのキャラクターカード八枚にカードホルダーが付き、収録されている内容も異なっている。というかカードが八枚なのにホルダーが六枚とはどいうことだ。その飾られない二枚に選ばれたキャラクターが気の毒ではないか。定番の下敷きはいいとして、クリアファイルはスポットのあたった八人が対象であり、ノートも同じく。ちなみにその八人の中にユーシとガクトと日吉はいない。他にもシールやうちわ、ポストカードセレクション、シャープペンシルは跡部仕様で、ボールペンは手塚仕様だ。名台詞入りのメモ帳は果たしてセーフかアウトか。各校のユニフォームを纏ったきゅーぴーストラップは、まだつけてても可笑しくはないかもしれない。校章入りのメタルチャームに、どうしてこうなった紅茶キャンディー。ティーシャツと青学ユニフォームを着用したくまのぬいぐるみにはこの際目を瞑るとして、各校をイメージした指輪には思わず「これ、どんなボンゴレリング?」と首を傾げずにはいられなかった。そして極めつけがドレスステッカーである。劇中にも登場し、ボートに乗せる代金を請求した比嘉中に対して跡部が翳した、伝説のダイヤモンド・ミラクル・キングカードとか何とかかんとか。クレジットカードと思われるそれは無限を示すブラックで、刻まれている名は当然ながら跡部景吾のもの。跡部が如何に金持ちかを示す一品に、ここまでやらんでも、とユーシは思わずにはいられなかった。
とにかくさっさと買うものを決めなくては。背後の長蛇の列にプレッシャーを感じながら、ユーシは値札を見やった。学生にとって財布の中身はいつだって深刻である。この中で一番安いのは。ユーシは口を開いた。
「・・・ドレスステッカー、ひとつください」
どうせなら食ってなくなる紅茶キャンディーにしとけば良かったのに。ガクトのそんなツッコミにユーシが我に返るのは、それから三十秒後のことである。





ポストカードもノートも下敷きも同じ値段だったけど、何故かドレスステッカーと言ってしまったユーシなのでした。
2011年10月2日