4.ユーシとガクトと英国式庭球城決戦
ここがテニミュの会場なら物販と呼ぶべきなのだろうが、映画館なのでショップとしておく。やはりこれまた池袋という場所に見合わない小さな売場には、すでに行列が出来ていた。階段をぐるりと回って、その最後尾はもはや見えない。恐ろしい。恐ろしやテニプリ。テニミュ以外でもその人気っぷりを目の当たりにし、ユーシは引き攣る頬を堪えることが出来なかった。それなのに周囲からは「侑士、格好いい・・・!」なんて囁き声が聞こえるのだから、自分の、というか忍足侑士の外見の良さは半端ないんやなぁとユーシは思う。
「すっげー列。あれなら映画終わってから並んだ方が早くね?」
「そうですね」
「キャラメルポップコーン」
「・・・分かってますよ」
三度舌打ちして、日吉がコンセッションに向かう。一歩踏み出す度に周囲の女の子たちが道を開けるのだからさながらモーゼだ。すげー幸村みたい、とガクトが呟くのにユーシは首を傾げる。立海の部長である幸村は確かに五感を奪うまさに「神の子」だが、人波が割れていくシーンなんてあっただろうか。キャラソンという元ネタを知らないユーシが首を傾げている間に、Mサイズのキャラメルポップコーンを手にした日吉が戻ってきた。
「席どこだっけ?」
「J列の二十やな。端から三つや」
「劇場が小さいからどこでも観れるし、いんじゃね?」
シアター内に足を踏み入れ座席を見つけ、端の通路側からユーシ、ガクト、日吉の順で座る。日吉の隣に座ることになった女性の動揺は凄まじいものだったが、三人はそれをスルーした。隣の連れとばんばん肩を叩き合って無言で会話している姿など見てない見てない。
「それより、何やこれ」
入り口でチケットの半券を千切ってもらい、その後受け取った「入城証明書」というポストカード大の紙をユーシは見つめる。立派な厚紙で出来ているそれは、今回の映画のポスターになっている画像が印刷されていた。少しばかり傷ついたユニフォーム姿のリョーマが膝を突きながらも前を睨み、その右側に各校の部長たちが、左側に映画のオリジナルキャラクターと思われる男ふたりが描かれている。記念のカードなんかな、と思いながら裏返したユーシは、そこに刻まれているQRコードに目を瞬いた。隣ではぴろりろりーん、と間抜けな音を立ててガクトがそれを読み込んでいる。
「よっしゃ、幸村!」
「俺は木手さんでした」
最近、ユーシがちょっと寂しいと思うのはこんなときだ。オタクな身内を持つガクトと日吉は、すべてを承知しているかのようにさくさくと行動したり、訳の分からないツーカーの会話をしたりする。そんなとき、あくまで一般人を自負しているユーシは置いていかれてしまうのだ。うちの姉ちゃんもオタクにならへんかな、と考えてしまったユーシは、つい先ほどガクトの姉を恐ろしいと思ったことなど忘れ去ってしまったのだろう。しょぼんとQRコードを前にへこんでいると、くるりとガクトが振り向いた。
「ユーシ、それ入場者記念のQRコード。今の期間だと幸村か木手のどっちかの着ボイスが貰えんの」
「がっくん、好き!」
「あっそ、サンキュー。でもこれ、スマホには対応してないんだよな。このご時世、ちょっと時代遅れじゃね?」
ちゃんと説明してくれたガクトにユーシが感極まって愛を告白すれば、相変わらずのクールさでいなされる。逆にダメージを受けたのは周囲の席の女性たちで、よもやまさかリアル忍岳あるいは岳忍が拝めるとは思っていなかったのだろう。手にしている鞄やらパンフレットやらそれこそQRコードのポストカードやらを握り締めて悶絶している姿は、幸いにもユーシの目には映らなかった。ガクトに説明されるままにコードを読み取れば、そこに出てきたのは木手のフルネームを連ねたページで、場内が騒がしいのに紛れて聞いてみようと携帯電話を耳に近づければ、アニメと同じ木手の声がユーシの耳をくすぐった。めんそーれみなさん。めんそーれみなさん。めんそーれみなさん。喜んでゴーヤー食べます、と挙手する女子は果たして何人、いや何百人、あるいは何千人いるのだろうか。ユーシがそんなことをのほほんと考えているうちに、どんどんと座席は埋まっていく。時折ちらほらと男性の姿も見えるが、やはり大半が女性だ。それこそ乾や柳風に言えば女性の占める確率、ではなかった割合、九十五パーセントといったところか。
「ユーシ、エンドロールが終わった後にもちょっと続くから、それが終わったら速攻で物販な」
「了解や」
もはや物販という単語に何ら違和感を覚えなくなっている自身にユーシが気づかぬうちに、劇場内はだんだんと照明を落とし始め、上映の始まりを告げる。一種で物音を立てずに静寂を生み出したのは、もはや流石と言うべきか。観客たちの「テニスの王子様」にかける情熱をユーシは目の当たりにした気がした。もしゃ、と隣でガクトのキャラメルポップコーンを食べる音がよく聞こえる。
久堂は木手様でした。ゆっきーの欲しかったなぁ・・・。
2011年10月2日