3.ユーシとガクトとシネマサンシャイン
ご存知の方も多いだろうが、池袋は若者の街といった面の他にも、乙女の街といった顔がある。乙女ロードという何それ可愛い的な名前に逆らうのか追従するのか不明だが、アニメや漫画、しいてはボーイズラブやらコスプレやらが大好きな所謂「腐女子」をターゲットにした店が多いことでも知られているのだ。辿り着いたシネマサンシャイン池袋も、現在は「テニスの王子様」の他にも「薄桜鬼」やら何やらアニメ映画を複数上映している。そんなところに乗り込んでいく自分たち。ユーシは今更ながらに、自分が「テニスの王子様」のキャラクター「忍足侑士」とそっくりであることを思い出した。映画館て密室やん。俺、まずいんやないか? そうは思ってもすでに映画のタダ券は日吉の手に握られている。ちなみそれもしっかり「劇場版テニスの王子様
英国式庭球城決戦!」と書かれており、日吉の母が最初から何を狙っていたのかここに来てようやくユーシも理解した。というか、自殺行為以外の何物でもないのではなかろうか。
「十時四十分の回、学生三名で」
「その回は満席に近いので、三名様ですと端の座席になってしまいますが」
「どこでもいいです」
「日吉、おまえ真面目に買えよー!」
ぎゅん。タダ券を窓口に出している日吉に対し、ガクトが後ろからかけた声。それに反応して振り向いた女性たちの効果音がユーシには聞こえた気がした。チケット購入は長い列が出来ており、日吉が並べばそれでいいだろうということで脇で見ていたガクトとユーシだが、ここに来てようやくその存在が認識されてしまった。いや、存在というか、その「テニプリキャラクターとそっくりの外見」が。
「っ・・・!」
「・・・え、ええええええええ!」
「が、岳人! 岳人がいる! 嘘、岳人だよ!」
「侑士ー! やだやだやだ本物!? うそ、格好いい!」
「っていうか日吉どこ! 窓口!? あれ!?」
いや、本物はおらんやろ。如何に自分が忍足侑士にそっくりであろうと、あれは一応二次元の存在だ。最近はテニミュなどで2.5次元になりつつある気もするが、自分は断じて三次元の忍足侑士ではない、はず。上手く紛れていたのに存在を明かされて腹が立ったのだろう。視線を集めながら戻ってきた日吉は、押し付けるようにガクトの手にチケットを握らせた。信号機トリオ、なんて言葉が聞こえたのは気のせいではあるまい。
「馬鹿じゃないですか、向日さん」
「何、おまえひとりで映画観るって? ふーん頑張れよ。帰ろうぜ、ユーシ」
「ちっ! ポップコーン買いますよ。それでいいんでしょう」
「キャラメルでよろしくー。ほらユーシ、何してんだよ。シアターは六階だぜ?」
「・・・や、何かもうがっくん、最強やなぁって」
何言ってんだよ変なユーシ。大きな目を瞬くガクトに、岳人女王様万歳、なんて声が聞こえるのはどうしてだろう。向日岳人受けは決してメジャーなカップリングではないはずなのに、よもやまさかガクトの姉の布教だろうか。姉ちゃん怖い。ほんま怖い。やってきたエレベーターに乗り込み、次の女性たちがどうしようどうしようときゃあきゃあ騒いでいる一瞬の隙を縫って日吉が閉まるボタンを押す。混雑している映画館でエレベーターを三人で占拠という横暴ぶりだが、ユーシに日吉の行動を咎める気はまったくもって起こらなかった。そうして六階、五番館なのに六階に到着すると、開いた扉の先はめくるめく「テニスの王子様」の世界だった。というか。
「等身大跡部パネルの出迎えやと・・・!?」
池袋という一等地のくせに古くて小さなシアターやな、とか、女の子しかいてへんな、とか、これみんなガクトの姉ちゃんと同類なんか、とかそんなことを考えていたユーシの思考を一瞬で打ち破った存在、それがエレベーターを降りたところに設置されていた跡部景吾の等身大パネルだった。女の子たちが携帯電話のカメラを構えて写真を撮っている。しかしエレベーターから降りてきたユーシたちに気づき、しかもそれがキャラクターの信号機トリオと瓜二つだと認識すると、ぎゃあ、とまたしても彼女たちが一歩引いて輪を作り始める。階段の方には大きな映画の立体パネルもあり、そこかしこで女の子たちのきゃっきゃという黄色い声というか、萌える声が聞こえていた。しかし跡部。しかし跡部。いや、何故に跡部なのだ。確かに彼の人気の凄さは新テニ最新刊で発表されたバレンタインデーチョコレート獲得数で証明されているが、それでも主人公はリョーマだったはず。なのに何故、跡部景吾の等身大パネル。
「そりゃあここが『俺様の美技に酔いな』だからだろ」
「跡部財閥プロデュースですからね」
ユーシには良く分からないことを言いつつも、鞄から携帯電話を取り出しているガクトと日吉がいる。日吉はおもむろにカメラを起動させ、跡部のパネルをパシャパシャと撮影し始めた。その横顔は無だ。母親に半ば強制的に頼まれてきたのだとユーシには安易に悟れる。
「向日さん、跡岳やってくださいよ」
「岳跡だったらやってもいーぜ」
「うちの母は向日さん受けなんで」
「クソクソ、何で俺はいつも受けなんだよ! こんなに男前な性格してんのに!」
そんな悔し紛れな台詞を吐きながらも、等身大跡部パネルの隣に並び、にこっと笑ったガクトの何たる可愛さか。器用に頬を染めてみせたのは、もはや役者魂に近いのだろう。ユニセックスな私服も相俟って、それはまさに「彼女」だった。街中で堂々と手を繋いで歩きたいがために女の子のような格好をしてきた「受け」の少年が、「攻め」の青年にその愛らしい行動を褒められたかのような光景だった。「可愛いじゃねぇか、アーン?」なんて跡部の声が聞こえた気がしたのは流石に気のせいだろうとユーシは頭をぶんぶんと横に振る。
「次、忍足さん。忍跡やってください」
「跡部は攻めとちゃうんか!?」
「心底どうでもいいです。早くしてくださいよ」
「次は跡日やらなくちゃだもんなー?」
にやにやと一転して性質の悪い笑みを浮かべるガクトに、またしても日吉が舌打ちする。さっさとしてください、と腕を引っ張られ、俺は先輩やで、と反論するのも束の間、ぱしゃりと日吉の携帯電話がシャッターを切った。ユーシにはガクトのように器用に演じることなど到底出来るはずもないので隣に突っ立っていただけだが、果たしてそれで日吉の母が満足するのだろうか。ユーシには理解できないが、日吉は自身の携帯電話をガクトに渡して、今度は自分が跡部パネルの隣に並ぶ。あ、日吉も演技はせぇへんのか、とユーシは安心して跡日とかいうシーンを眺めた。ちなみにその間ずっと、周囲の女の子たちは息を呑むような静けさで三人と等身大跡部パネルを見つめていた。本音を言えば「お願いします私たちにも写真を撮らせてください氷帝万歳プリーズプリーズ!」なのだろうが、言い出す強者はおらず、これ幸いとさっさと写真撮影を終えて、三人はチケットを受付に出して中へと入っていった。
いきなりの等身大跡部様パネルにはびびりました。滾った。
2011年10月2日