2.ユーシとガクトと池袋





池袋は東京有数の繁華街だが、ユーシが足を運ぶことは余りない。かといって渋谷に行くというわけでもなく、比較的訪れる回数が多いのは新宿だが、それだってほどほどだ。学生の買い物なんて、よっぽどの目当てがなければ身近で済んでしまうものである。ガクトは気に入りの店があればどこへでも行くが、ユーシはそこまでお洒落に気を使う方ではない。なので久し振りに来た池袋の人混みに、もはや改札を出た時点でうんざりとしてしまった。これだから好かんのや、と人波に揉まれるようにして東口を出て、イケフクロウの前を通過し、階段を上る。地上に出ると正面に見えるのは近年建ったばかりの電気量販店の巨大ビルだ。なるほど、確かに待ち合わせ場所にはうってつけである。下手にどこだかの店やら看板やらを目印にするよりずっと分かりやすい。
長い横断歩道の信号が青になるのを待っている間、ユーシはぼんやりと池袋の街を眺めていた。そういえば最近読んだライトノベルは池袋が舞台だった。ユーシ個人としてはあの根性が曲りくねった人類に絶賛片想い中の情報屋よりも、フラグをいくつ立てているんだか分からない喧嘩人形よりも、最も不気味で恐ろしい変貌を見せつつある男子高校生よりも、オタクな男女の面倒を見ている保護者的な兄貴と呼ぶべき男が気に入った。次の巻では是非とも元気な姿を見せてほしい。まぁ埼玉からろっちーが出てきたのでフラグは十分やけどな、などと考えているうちに信号は青に変わり、ユーシは白線を踏んで歩き出す。
「あれ? 俺が最後やった?」
「ユーシ、おせーぞ!」
薄型テレビで溢れている一階をやり過ごし、エスカレーターで辿り着いた二階はデジカメの売り場が広がっており、その壁際の隅っこにカーナビのコーナーはあった。比較的閑散としており、目についたガクトと日吉は明らかに車を運転する年齢には達していない外見なので、冷やかしと一目で分かる。だからか店員も近付いて来ず、ますますええ待ち合わせ場所やなぁ、とユーシは感心した。
「遅いですよ、忍足さん」
「時間ちょうどやろ。自分たちが早いんや」
「いーじゃん。さっさと行こうぜ」
「まだ早いんちゃう? 映画、四十分からやろ?」
「・・・パンフレットとかを買いたいので」
「ならしゃーないな。行こか」
下りのエスカレーターに向かえば、何やら途中でガクトが日吉に体当たりしている。いつもなら交わすか仕返しするだろう日吉が何故か大人しく、成長したんやなぁ、とユーシは感慨深く思う。否、そう思っていられたのも五分間のことだった。
相変わらず池袋は人が多い。若年層が中心で、ユーシたちのような中高生から社会人まで多くの輩で賑わっている。何で祭りでもないのに道を歩くだけでぶつからないよう気をつけなくてはならないのか。ユーシにはそれが不思議でならない。五差路の交差点も人で埋め尽くされてしまい、これが日常と言うのだから驚きだ。車が入れないほど人通りの多い道まで来ると、もはや左右は人と店だからけで驚きを通り越す。けれどふと、ユーシは気づいてしまった。右のゲームセンター。左のゲームセンター。ちょっと先のゲームセンター。んん? 首を傾げるのが三度続き、ついに疑惑は口を突いて出た。
「何や、あれ・・・」
呆然とした呟きにガクトと日吉が振り返り、ユーシの視線の先を追う。余談だがガクトは身長が足りず、ぴょこんとその場でジャンプした。
「ああ、デフォルメボールチェーンじゃん」
「定番ですね」
「な、何でおまえら普通に納得しとんのや! あれ、テニプリやろ!? 何で今更ゲーセンのUFOキャッチャーになっとるんや!」
確かにテニミュがセカンドシーズンに突入したり、新テニが好評連載中ではあるが、原作が終了して三年も経つのにアーケードゲームになっているのは可笑しいだろう。そう指摘するユーシから日吉は目を逸らし、ガクトは何を今更と言わんばかりに小首を傾げた。
「ユーシ、知らねーの?」
「な、何をや」
「新テニ、今度アニメ化するんだぜ? 来年の一月から放送予定」
「ほんまか!?」
驚愕するユーシにガクトは頷き、そしてぴっと人差し指を上へと向ける。つられるようにしてユーシが顔を上げれば、池袋の高いビルの合間から空が見える。曇りだ。いやいやこれは現実逃避であって、分かっていてもユーシにはどうしようも出来ない。街灯、とガクトが言う。少しばかり視線を下げて見れば、間隔を開けて立っている街灯がある。これが何や、と問おうとしたユーシは、そこにぶら下がっている布製のポスターに今更ながらに気が付いた。風に揺れて良く見えない。目を凝らす傍ら、ガクトがあっさりと言ってのける。
「でもって今、テニプリは映画もやってんの。俺たちがこれから観に行くの、それだぜ?」
思わずユーシはガクトを見やり、次いで日吉を見やり、後者には思いきり顔を背けられた。だから自分の言葉には責任持てよって言ったじゃん。クールなガクトの頭上で、映画のポスターがひらりひらりと揺れている。その名も「劇場版テニスの王子様 英国式庭球城決戦!」。何やそれ。ユーシの声は完全に力を失っていた。





今更ですが、劇場版を観てきた記念&スタンプラリー記念です。
2011年10月2日